ポンコツドラゴン達は引き合う
第36話 貴族の一目ぼれ
「あの決意から1日かぁ……なぁリーム、まだクロムベルには着かないのか?」
「もう目と鼻の先のようなものよ? ここから変身して飛べばすぐに着くわ。でもいろいろとやらなければいけないことがあるから、余力は残しておきたいの」
「そっか。だとしたらこれが最後の休憩であと2、3時間みたいなものか」
ナフと友達になれた時から明るい内は走り続け、夜は止まってでちょうど1日。今は昼間で、車を引っ張る馬と大トカゲたちが水を飲んだりする最後の一休みというところか。俺達は今、泉のほとりで休憩中だ。
他の人たちは魔法でひとっ飛びできないのかなと思ったけれど、飛ばない理由はカードゲームであるブレイクコードが世界共通の決闘・戦闘の基本になってしまったことにあるらしい。
人々はその当時から攻撃魔法や補助魔法を捨ててブレイクコードに明け暮れたせいで、その子孫である現代の人々は修行している者じゃないと満足に空を飛んだりできるほどの魔力量がないのだとか。それも一度に大量のものを持ち運べる程度の出力を出せない。だから移動手段が馬車とかトカゲ車なんだなぁ。
それにしても、俺のいた世界から乗用車のような技術は流れていないのだろうか?
「ブレイクコードではドローした後に、カードの効果処理を行うスタンバイフェイズが来て、次にプレイヤーが自由に行動できるメインフェイズが来ます。なおメインフェイズからスタンバイフェイズに戻るという逆行を行うことはできず、必ず次はバトルフェイズかエンドフェイズに――」
「ムッキー!? ブレイクコードでの知識勝負でも勝てませーん!?」
泉のほとりでは膝に本を置いたナフと、頭から知恵熱が出てて顔が真っ赤になっているクロンが知識勝負をしている。
さっきからクロンが叫び続けている辺り、彼女の負け続きなんだろうな。とりあえず、あの二人の元気が出てよかった。
さてあの二人は元気で、俺とリームはというと木陰で彼らを見守っていた。
「ねぇ朝陽。昨日、俺はみんなを助けてあげなくちゃならないって言ったわよね? 私達まだあなたに恩を売ったこともないわ。助けられる義理もないし。クロンも聞いていたけどどうして助けてくれるのかしら?」
「うーん……恩を売ったとか助ける義理とかそういうのじゃないんだ。ただ俺は目の前の人が困っていたりとか苦しんでたりすると、体が勝手に動いちゃうみたいで。以前に今思い出すだけでも恐ろしいくらいの後悔をしてしまってからさ、それでなんだ」
「そう。不思議なのね、あなた。自分が傷ついてでも人を救ったりするのって王子様や英雄みたいでステキだとは思うけど、あなたの場合は見ていて不安よ。私達の復讐に付き合うことないのに……」
やっぱり何も関係ないはずの俺がマシアスやウィンノルン達に立ち向かおうとするのは見ていて不安なんだろうな。
でも、俺はさらわれた人たちを絶対に救い出さなきゃならない。人が死ぬような痛みに比べたらちょっとした怪我ぐらい平気だ。
と、真剣な話をしていたところで、後ろから甘ったるい声音の男が声をかけてきた。
「やあ、私の愛する妻よ。このような
「ふん」
金髪で桜色の瞳。背筋はすらっとしていて、肩はいい具合に力の抜けた無駄にイケメンな男。その状況や空気を読めない誘いに俺とリームは辟易していた。
リームは露骨に拒絶の反応を返しているというのに、それをこの男は嫌よ嫌よも好きの内と考えているのか積極的なアプローチを隙あらばと止めようとしない。
そう、会いたくなると強引に馬車の進みを止めて俺達が乗っている荷台に来たり、ナフをなじってはリームにアプローチしたり……。
この人物のことを昨日のうちにナフに聞いたところ、メイカ家の跡継ぎであるアレス・メイカだということがわかった。
嘘だろ、こんな女性に露骨な態度を取られてもなおポジティブにしか考えられないような人が跡継ぎなのかとその時は思ったほどだ。
「あのですねアレスさん。今、俺とリームは真剣な話をしているんです。特に急な用事じゃないのであれば、後にしてもらえると――」
「この私を後だと!? 後回しにすると言ったか!? この私に向かって、平民のくせに無礼だぞ! 可憐なる私の妻をその汚らしい手で扱っているのも極めて卑劣だ! さっさと所有権を私に移してもらおうか!」
あぁ、駄目だ。立場が上の貴族の人に対して言い方がまずかったのかもしれないけど、それ以上に話が通じない人だ。確かに立場としては偉いんだろうけど、その立場を悪用している人という感じか。
「あら、私はふさわしい殿方にしか自分を使わせることはないと決めているわ。マシアスに襲撃された時は緊急だったけど、私は彼を認めているの」
「つまり、その汚らしい平民より上にいる私はもっといい男ということだな! さあ私の胸に飛び込んできてくれ妻よ!」
リームは棘がある言い方で拒否を示したのに、言葉の裏に気づかないでアレスは両手を広げて歓迎の意を示した。リームに認められていると聞いた時は気恥ずかしかったのに、一気にその高揚感が薄れて消えてしまった……。
「……もういいわ。お礼は先程の休憩開始時に渡したわよね? 私の鱗の一枚を」
「うん、確かに受け取っているよ。だけど私は君そのものが欲しいんだ! 美しき水の竜として戦う君の姿に惚れた!」
「行きましょう朝陽。この馬車に乗っていくのはもううんざり。三人は何とか乗せていけるから、すぐにクロムベルの街へ行ってしまいましょう。一緒に着くと足を止められそうだもの」
リームの言葉を無視するようにアレスはどんどんと賛辞を並べていくけど、彼女はもはやそれを聞いてはいなかった。すたすたと彼の横を通り過ぎてクロンとナフがいる泉のほとりへ向かう。
「あっ、えっ、いいのか? 疲れるってさっき言ってたし……」
「ここにいても精神的に疲労するのよ。正直辛いわ」
「なんということだ! 疲れるというのなら早くその平民との契約を切ってしまえ! 貴様、私の妻が疲れるという弱音をこぼすほど、荷台の中で何をしているんだ! はっ、まさか落ちこぼれのナフと一緒に、あの緑色の娘と私の妻を……許せん!」
「どういう誤解してるんですか!? そんなこと断じてやってない!」
「待てっ、待つんだ妻よ! まさかドラゴンに変身してクロムベルに飛んでいく気では? 私と一緒にいたほうが幸せで安心――」
「触らないで」
言い方はまるで鋭くとがった氷の刃だ。本当にアレスのしつこい言動にイライラしているんだろう。
そして三人乗せれるってことはナフも一緒に行くってことか? 確かにナフもアレスになじれられたりすると悔しそうに唇を噛んでいたし。それに、アレスはこちらが止めようとしても意に介さないから実際俺もいい気分ではない。
俺も口をぱくぱくと開閉させているアレスを通り過ぎ、リームと共にクロンたちの元へ向かうのだった。
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