第26話 瀑布の竜、リーム
「ごめんなさい、ごめんなさいご主人様……」
「リーム。クロンが今、変身できないってどういうことだ!?」
息を切らせてこちらへ走ってきたリームへすぐに問いただす。早く原因を知って問題を解決しないと、あの男がこちらの勝負放棄と判断して去ってしまう恐れもある。
「彼女は今、
「あっ――」
カルンガの操るフォートレスラーキング サンダー・タイガーから受けた強烈な拳。サイナス・クーロンの時の姿とはいえ、それをクロンは顔面に真正面から受けていた。そして頭部への追撃もだ。
意識を失いかけるほどの痛みと衝撃を受けていたはずだし、それでもう
俺は早く人を助けなければという気持ちに
そうだ、彼女は
人を助けなきゃって言いながら、俺はクロンに死んでくれと言っているようなもので……。
「ごめん、クロン。俺、そっちも痛いんだって大事なことを忘れてて……」
「いいんです。私、他の人を助けなきゃいけないって時に、どうして、どうして……!」
クロンが変身できない以上、デッキの枚数が既定の30枚に届かない俺は勝負ができない。
でも、そしたらカードの中に閉じ込められた人たちはどうなるっていうんだ? 目前に立つ男は俺の後ろに続く力のない人たちを襲うかもしれない。そうしたらもっと被害が増える。
「朝陽、クロン。私が朝陽と契約するわ。これ以上被害を出させるわけにはいかないもの」
「えっ? リーム!?」
リームが前へと歩を進め、俺と彼女でクロンを挟むように立った。
確かにリームはドラゴンの姿になれてから2枚のカードになりそうだけど、可憐な雰囲気を持つ彼女が戦いの場に出る? クロンのことも心配だけど、一撃を受ければぽきりと折れてしまいそうな印象のリームも心配だ。
「だ、だめですよリーム! お姫様のリームが戦わなくて済むように私がいるんです! 私、ちゃんと変身してリームを守って――あっ」
「えっ、お姫様? リームが、お姫って」
「クロン……」
とんでもない一言がクロンの口から飛び出す。やはり彼女の口は軽かったようだ。リームはやってしまったというような表情で、手で額を押さえて肩を落とした。
正直言ってリームはお姫様と言われてもそうだよなぁと納得できてしまうほどの美人だし、歩き方や座り方にも品がある。いかん、一回姫だと認識すると本当にお姫様に見えてくる。
えっ、じゃあクロンはリームの友達であり、従者でもあった? ていうか、なんで自らクロムベルまでの旅を? それに、あの男にとってもこの情報は有益なものなんじゃ――
「へぇ、お・ひ・め・さ・ま、ねぇ? そうかそうか、どうしてこんなところに竜族がとは思ったけど、もしかしてあの人が直近で滅ぼした里の生き残り? それでクロムベルの
竜がいる里を、滅ぼした? そう聞き取った瞬間、リームからぞっとするほどの殺気が放たれた。
ついさっきまでからかい好きな令嬢だった様子は見られない。震えあがるほどの鋭い目つきで青髪の男を睨みつけている。
「朝陽、私と契約しなさい。あの男を潰して情報を聞き出すわ」
「はっ、はい」
味方なのに足がすくんでしまうほどの怒気で、思わず敬語になってしまった。
今俺の目の前にいるのは、清らかで美しく、それでいてひとたび回答を間違えてしまえばこちらの頭が喰いちぎられてしまいそうな一匹の竜女。
途中から三つ編みになった水色の髪が、足元に発生した魔法陣から吹き荒れる魔力の風でなびく。
翼が広がり、怒りに震えた様子を見せる。縦に細く宝石の輝きを持った目が俺の回答を聞き遂げた後、青髪の男を射殺すように睨む。
「クフ、フ。カード化しちゃう前に教えておいちゃおうか。僕の名前はマシアス、マシアス・ミストランドだ。短い間になっちゃうだろうけど、よろしくね」
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「口を
リームの足元に広がっている水色の魔法陣がゆっくりと回転を始める。同時にあふれ出る粒子と、リームが紡ぐ契約の言葉。
彼女から勝負に出ると言い出したことだけど、うまく彼女を使いこなすように努力が必要だ。
マシアスは以前から略奪者として活動し、幾人もの
「
そして魔法陣から蛇のようにうねった水がいくつも噴き出し、2枚のカードへと姿を変えたリームに流れ込んでいく。それを吸収しきったカードは最後くるくると回り、俺の手元へと飛んでくる。
「リーム……ごめんなさい、私がちゃんとしていれば……」
戦う覚悟をしていなければならないのは私の方だったのに、とクロンが拳を握り締める。彼女としても、自分が守るべきリームを戦いの場に出してしまうことは不本意のはずだ。
なんとか今からでも自分がカードになれないかと試行錯誤しているようだけど、カード化にまで踏み切れないらしい。
どうして今まで彼女が怖がっているのに気づけなかったのかと、俺も自分を責めてしまう。
「クロン、今は下がっていてくれ。俺とリームでアイツを止めなきゃならない」
「でも……」
「今だけ、だから。また戦えるようになった時はちゃんと一緒にリームを守ろう。……多分その時の俺はもう君達には戦わせないと思うけど」
「……はい」
納得してくれたのか、クロンがその場から一歩下がって俺の後ろに回る。
それを見て、ようやく主食にありつけるとでもいうようにマシアスが顔に影を差しながら
だけど、その威圧に負けているわけにはいかない。
「クヒッ、フフフ。さあ行くよ! 君達もカードの中に閉じ込めてあげよう! あの人のためにね」
「誰のためだか知らないけど、リームもクロンもそんなことには絶対にさせない! いくぞ!」
「「
紫のドームに覆われた空の下、決闘の宣言と共に俺達の命を賭けていると言ってもいい勝負が始まる。
俺とマシアスはデッキから4枚を引き、勝負の準備を整える。ターンを示すランプがつき、先に動いたのはマシアスだった。
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