10. アンリエッタ様の傍にいれば、どんな壁でも乗り越えられる気がします

(ど、ど、ど、どうしてこうなった!?)


 アンリエッタは寝袋の中で、ひとりもだえていた。



「アンリエッタ様。心残りは分かりますが、今日はもうお休み下さい」


 隣には同じく寝袋に埋もれるミント。

 見張りの任を受けたミントは、じーっとアンリエッタのことを見つめていた。


(こ、こんな状況で眠れるわけがないでしょ!)


 アンリエッタは前世では、楽しい楽しいぼっちライフを謳歌していた。

 当然のことながら、お友達の家でお泊り会などという経験はない。

 ワクワク・そわそわとテンパっていた。



(近い。近いわよ!?)


 ミントはぴとりとアンリエッタに張り付いていた。

 少しばかり心臓に悪い。嬉しいけど!



「ミ、ミントさん。少し離れて下さる?」

「あ、ごめんなさい……」


 しゅんとするミント。


「あ、違うの。決してミントさんのことが嫌だという訳ではなく――」

「分かっています。……ごめんなさい。仲間と一緒にお泊まりなんて、初めてで嬉しくて――つい調子に乗ってしまいました」


(仲間とのお泊まりにテンションを上げるミントちゃん――可愛い!)

 

 そして何とも言えぬ似た者の匂い!



「これからは、これが当たり前になるんです。早く慣れてくださいな?」


 アンリエッタは寝袋の中で身をくねらせながらも、かろうじて表情を取り繕う。

 半ば自らに言い聞かせるように。



(私は貴族令嬢アンリエッタ。私は貴族令嬢アンリエッタ。ミントにとって尊敬できる人であり続けなければいけないわ!)



「――アンリエッタ様。少しだけ手を握っても良いですか?」

「もちろんですわ!」


 喰い気味に返事。

 ついになけなしの理性を、ミントの可愛さが上回る。


「えへへ」


 ミントは頬をだらしなく緩めた。



(お、お、お、お、落ち着きなさい、アンリエッタ!)

(こういうときは天井のシミを数えれば良いのよね!?)


 しかしここは新品の簡易テントの中である。

 心を落ち着かせるための物など、あろうはずがない。

 情けないぐらいに取り乱すアンリエッタであったが、幸いにしてミントからその様子は見えなかった。



「私、これから頑張りますから。アンリエッタ様の傍にいれば、どんな壁でも乗り越えられる気がします」

「そ、そう。頑張ってね」


(男相手に言ったら、普通に誤解されかねないようなことを……)


 まるで大切な人を想うような発言。

 アンリエッタの心をかき乱すだけかき乱し――ミントはスヤスヤと安らかな寝息をたて始めた。



(ミントちゃんの生の寝顔、可愛いすぎる!)


 そしてアンリエッタは、やはり布団の中でもだえていた。

 小説で描かれなかった仕草も、ひとつひとつが愛おしい。

 うへへっとやばい笑みを浮べる彼女は、もはや紛うことなき変態であった。



「むにゃむにゃ――アンリエッタ様?」

「ど、どうしましたか?」


 寝言に返事をすると夢見が悪くなるという。


「お姉さまと呼んでも――」

「喜んで!」


 寝言にすら喰い気味に反応するアンリエッタ。


(ハッ、また理性が消し飛んで……)



「アンリエッタお姉さま。お姉さま!」

「じゃ、じゃあ私も――あなたのことをミント……と呼び捨てに!」


(ってミントちゃん眠ってるんだから、無理じゃん)



「はい、お姉さまは世界一です!」


(どんな夢を見ているの!?)


 アンリエッタも眠ろうとしたが、ミントの寝言が気になりすぎた。



「アンリエッタ様が魔王なんて一撃で吹き飛ばしてくださいます!」

「いや、無理だからね!?」


「むにゃむにゃ……。お姉さま大好きです!」

「っ~~!??」


 ――アンリエッタが眠りにつけるときは、どうにも遠そうだった。




「あ〜、このバカップル。寝るときぐらいは静かに出来ないの?」


 テントの端から眠そうな少女の声が響いてきた。


「あ、ルーティさん。居たんですね……」

「ずっと居たよ。女性用テントだし!」


 アンリエッタの反応に、ルーティは怒ったように返す。


「ボクを踏んづけて行ったことは、何も覚えてないんだね」

「はい、まったく。ミントさんのことしか、頭にありませんでした」


 アンリエッタの答えを聞いて、ルーティはフンッと鼻を鳴らす。

 


「あんた、本当に変わってるよね。平民なんかに随分と入れ込んじゃってさ」

「そうですか?」


「ボクは認めない。何も見返りも求めず、ただ手を差し伸べられる聖人なんて絶対にいない。いてたまるもんか!」

「ええ、そんなの当たり前ですわ」


(何を当たり前のことを……。いきなり何を言い出したのかしら?)



「ッ! 絶対にあんたの本性を見破ってやる――覚悟しなさい!」


 ルーティによる一方的な宣戦布告。

 言うだけ言って満足したのか、彼女もまた夢の世界へと旅立っていった。



(本性……?)


 アンリエッタは首を傾げる。

 一体、なんのことだろうと考え、


(も、もしかして……!)



 青ざめる。

 聖人うんぬんの下りは、はっきり言って意味がわからなかった。

 それでも"本性"と言われても思いつくことなど、ひとつしかなかった。



(ミントちゃんの可愛さに、もだえてるのバレた?)

(もしかして初対面のときも? うわあ、毒舌ボクっ子可愛い、とか思ってごめんなさい!!)


 アンリエッタはここにもまた、別種の破滅の臭いを嗅ぎとった。

 女の子にしか興味がない。この厄介な欲求は、何としてでも墓の下まで持っていくつもりである。

 何がなんでも隠さないといけない――アンリエッタは固く決意した。

 


 ルーティが「偽善者ぶるなよ」というニュアンスで口にしたとは、夢にも思わないアンリエッタであった。

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