番外編 ジュリアス編8
バルムンクを今までで一番速く走らせる。
彼も状況がわかっているのか、今までにない力強い走りでぐんぐんと速度を増していく。
(マリーリ、マリーリ、どうか生きていてくれ……!)
先程の電話……なぜかエラと名乗っていたミアの情報によるとグロウはマリーリを連れて領地であるブレアの地の外れまで向かったらしい。
だが、そこから先は足取りがわからないとのことだった。
俺はマリーリを探すためにバルムンクに乗り、すぐさま城を出る。
ちなみにギルベルトは、隣国が関わっている可能性があることとグロウが関わっているとのことで、近衛騎士を編成してあとから追いかけてくるらしい。
ミアがなぜエラと名乗り、ギルベルトと通じていたのかは気になるが、それはあとで問いただすとして、今はマリーリに集中するべく五感を研ぎ澄ませてバルムンクを走らせる。
(まずは領外れを確認するか。マリーリは隣国に連れられたとあの女が言っていたし、どこから向かったか何か手がかりがあるはずだ)
城を出て、城下町を抜け、故郷ビヨンドの街を通り過ぎた辺りで何やら領外れ付近に人集りができているのが目につく。
畑が続くこの場所で何かあったのかと奇妙に思いつつ、手がかりになるものはないかと領民達の元へとバルムンクを向かわせた。
「何をしているのだ、お前達」
「っ! ジュリアスさま!! そんなにお急ぎでどうなさったのです」
「こ、こちらをお飲みください」
「ありがとう。すまない、バルムンクにも水をやってくれないか」
「もちろんです」
バルムンクから降りると、領民から水をもらい一気に飲み干す。
急いで来たせいで汗だくで、もらった水で渇きを潤すと「それで、一体何の騒ぎだ」と彼らに状況を尋ねた。
「それが……この辺りに馬車を乗りつけた不届き者がいたようで、畑が荒れていたのです」
「何だと?」
「それと、先程そこで高価そうな装飾品を見つけたものがおりまして。もしかしたら強盗団ではないかとみんなで今話し合っていたのです」
「装飾品……? 見せてみろ」
「こちらです」
見せられた宝飾品に目を疑う。
それは紛れもなくマリーリにあげたアンクレットだったからだ。
「これをどこで!?」
「こちらです」
案内された場所にはくっきりと馬車の車輪の跡が残っていた。
恐らく畑の中に馬車を隠していたのだろう。
畑の作物を薙ぎ倒しながら道に出たらしく、酷い荒れようあった。
「わかった。すまないが、私はただちに奴らを捕まえに行ってくる。畑の被害は後日確認するから被害報告をまとめておいてくれ」
「承知しました。どうか、お気をつけて!」
「あぁ。それと水をありがとう、助かった」
再びバルムンクに飛び乗り、駈歩で車輪のあとを追っていく。
バルムンクも水を飲んで多少休息したからか、まだ調子は良さそうだった。
(馬車の速度を考えるとそこまで遠くへは行っていないはず。急げば間に合う! 待っていてくれ、マリーリ……っ!)
「バルムンク、悪いがもう少し頑張ってくれ」
バルムンクは呼応するように
そして俺は車輪の跡を全速力で追いかけるのだった。
◇
馬車の車輪の跡を追いかけていると、引き返してきた馬車が一台。
その形などに見覚えがあり、御者を締め上げるとグロウが馬車を乗り換え隣国の国境付近に向かっているとの情報を得て再び追いかける。
途中でマリーリにあげたパールの髪飾りが落ちていることに気づき、車輪の跡もそこで止まっていた。
(馬車を乗り換えたと言っていたな)
御者の証言を思い出し、周辺をくまなく探すと再び馬車の車輪後を見つけてそのあとを追って行く。
すると国境付近に小屋があるのに気づく。
聞いていた通り小屋の近くに馬車が一台待機しており、辺境の地にある小屋にしては不自然なほどガタイの良い強面の男達が周辺をうろついていた。
服装的にどうやら隣国の騎士達だろう。
どうやってこの地に侵入してきたかは知らないが、一応領土侵犯ということで大義名分があるため、俺がここで手を下すのに問題はなさそうではあった。
「バルムンク、すまないがここで大人しく待っていてくれ」
さすがにこのままバルムンクで近づくのは危険だろうと、彼らに見えないようバルムンクを木の陰に繋ぐと、俺はバレないよう隠れながら近づく。
(多勢に無勢か)
人数差は明らかだ。
だが、ここでギルベルト達の到着を待つ選択肢は俺にはなかった。
マリーリに危険が迫っているというのなら、今すぐにでも助け出さねばならない。
(マリーリ、今助けるからな)
剣を取り出す。
ギルベルトにはきっと勝手な行動をするなと咎められるだろうが、マリーリのためならこの命など惜しくはなかった。
もちろん死ぬ気はないが。
(この人数、撹乱しながら戦えばどうにかなるか)
周辺に十人ほど、そして扉の前に二人。
小屋の大きさからして、マリーリとグロウがいるとなれば、隣国の騎士も言うほど人数はいないはず。
いたとしても四、五人といったところだろうか。
数え足りないのがいるにしても恐らく全体で二十弱くらいしかいないはずだ。
それくらいならまとめて相手をしなければどうとでもなる。
俺は手近にあった拳ほどの石を手にすると、そのまま敵の後頭部に投げつけた。
「うがぁ……っ!」
「何だ!?」
「奇襲だ!!」
男が蹲ったところで背中から斬りつけて、声に気づいた増援も次々と斬り伏せていく。
チームワークが取れていない部隊の制圧など赤子の手を捻るかのごとく容易かった。
「っく、こいつ強いぞ! ぐぁぁぁああ」
「何を言っている! こいつがあの例のヤツだ!」
「何!? こんな女みたいなヤツがか!?? ぐ、ぅ……っ」
どうやら奴らは俺のことを知っているらしい。
先日の領土奪還に関わった騎士達のようだが、ちゃんと俺のことを把握していなかったようで俺の容姿と身のこなしに動揺している様子だった。
その隙をついて、次々と重い一撃を浴びせていく。
「うぎゃああああ!」
「がぁああああ!」
「いだぁああああ……」
腕が飛び、肉が裂けはらわたが飛び散り、断末魔が響き渡る。
まさに阿鼻叫喚の地獄絵図だった。
周りはもう血の海で、足元には肉塊が転がり、俺の身体も返り血で血塗れで、マリーリにこの殺戮に近い戦闘を見られなかったことに少しだけホッとする。
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