番外編 ジュリアス編5

「もういいぞ」


 オルガス公爵邸からだいぶ離れた頃合いを見計らって荷物に声をかける。

 すると荷物はもぞもぞと動き出すと、中からギルベルトが、「ぷはっ」と勢いよく姿を表した。


「いやぁ、荷物に紛れるというのは思いのほか大変だったなぁ」

「で、どうだった」

「なんだ、労いもなしか」

「労いというなら俺のほうがしてもらいたい。あの女とこれ以上同じ空気を吸うのは我慢ならん」

「いよいよ限界ということか。まぁ、ジュリアスにしてはよく頑張っているからな。ということで、これを見よ」


 自慢気に懐から出したのは小さな小瓶。

 それが探し求めていた魔女の秘薬だというのは一目瞭然だった。


「本当にやったのか」

「なんだ、ジュリアス。疑っていたのか?」

「まぁ、半信半疑ではあった」


 正直、本当に持ってくるとは思わなかった。

 もちろんこの任務が終わることに越したことはないのだが、それでもまさかという気持ちがあったのだ。


「言っただろう? オルガス家の構造は熟知していると」

「そうだな、それは事実のようだな。だが、なぜ詳しいんだ?」

「昔はよく出入りしてたのだよ」

「うん? つまり、オルガス家と親交があったのか?」

「正確には娘、とだがな」

「娘? あの死んだと言う?」


 初耳の事実に驚く。

 ギルベルトは昔から一人で過ごすことが多く、特に女性とは縁遠いイメージだった。

 というのも王子時代から国王である現在までいくつも縁談が来てるがいずれも断り、陰でギルベルト国王は同性好きなのではないかと噂されるほどであったからだ。


「いや、彼女は今も生きている。それに、ジュリアスもよく知る人物だぞ」

「は? 俺も知っている? どういうことだ」


(オルガス公爵の死んだはずの娘が自分のよく知る人物?)


 心当たりが欠片もなくて、該当者がまるで思い当たらなかった。


「まぁ、それよりもだ。これで念願の証拠が揃ったというわけだ。我に感謝せよ、ジュリアス」

「まぁ、はい、それは、どうも、アリガトウゴザイマス」

「うん? いまいち感謝が足りぬのでは?」

「そんなことないですよ」


 恩着せがましく言うギルベルトに棒読みながら感謝を述べる。

 上司とはいえ、一々こういうところが癪に障ると思いながらも無駄なことを言って機嫌を損ねるとそれもまた面倒なので仕方なくギルベルトの調子に合わせた。


「まぁいい。……それと、やはりあの部屋にはたくさんの少女が隠されていた」

「少女? どういうことだ?」

「人身売買だよ。性奴隷として連れて来られた少女達だ。あまり状態もよくなかったから早めに段取りを取らぬといけないな。まぁ、これでオルガスのやつの証拠も確保できたから、一気にカタをつけるぞ」

「あぁ、キューリスのほうも早く結婚したいとせっついているからな。準備ができ次第すぐにやつらをとっ捕まえるぞ」


(そして、今度こそマリーリと盛大な結婚式を挙げて夫婦になってやる)


 作戦とはいえ、先にキューリスと結婚式のフリをせねばならないのは非常に忌々しいが、あくまでキューリスを貶めるためのものだと思うと最後まで頑張れる気がした。


(散々マリーリを馬鹿にし、傷つけたことの報いを受けさせてやる)


 マリーリにはもう少しの辛抱だと言いたいところだが、ここで詰めを甘くするわけにもいかない。

 早くこの件を解決するのが何よりもマリーリとの新婚生活の近道だ。


「そういえば、最近グロウがマリーリにちょっかい出してるんだが、何か知っているか?」


 ふと、先日のパーティーのあと、グロウが我が家にやってきたことを思い出しギルベルトに尋ねる。

 やけにマリーリのことを聞いてくるし、パーティーで貸したらしいハンカチを直接返すように催促してくるしで、なんなんだ一体と正直不快であった。


「うん? グロウが? いや、何も聞いてはいないが」

「そうか。ただの気まぐれだといいんだが」

「ふむ。あやつがマリーリ嬢を、な。気になるなら我が聞いておこうか?」

「いや、いい。下手に刺激すると拗れるからな。あいつは昔からなぜか俺を目の敵にしているし」


 寄宿舎でギルベルトと同室になった頃よりなぜかグロウは俺を敵視していた。

 元からブラコンなイメージであったが、まさかここまで筋金入りとは思わず、ギルベルトと一緒にいるたびに舌打ちされたり睨まれたりとやけに突っかかってくるのだ。


「確かにな。やけに我のことを慕ってくれているのはありがたいが、束縛が強くて息苦しいからな。他のことに目を向けてくれるならありがたいのだが」

「だからってマリーリは絶対に譲らないぞ」


 唸るように釘を刺しておく。

 これ以上マリーリが振り回されるのだけはごめんだった。

 そもそもやっと手に入れた婚約者という地位を、いくら王子と言えど渡すつもりは毛頭ない。


「はっ、わかっておるよ。彼女に手出ししたらどうなるかくらいわかっているからな。ジュリアスのことだ、とりあえず手当たり次第あらゆるものを破壊して血の海ができそうだ」

「そこまでは……多分しない、と思う」


 マリーリが奪われることなど想像するのも嫌なので、すぐに思考を打ち切る。

 万が一そんなことになったら自分で自分を抑えられない自信はあったが、あえて言葉を濁しておいた。


「どうだか。……まぁ、安心しろ。この件が終わればマリーリ嬢と正式に結婚できるよう手筈する。国王権限でな」

「あぁ、頼んだぞ」

「そうと決まれば、準備を進めねばな。ダラスにも根回ししておこう。あやつなら徹底的に追い詰める案を出してくれるだろうよ」


 ニヤリと人の悪い笑みを浮かべるギルベルト。

 ギルベルトの弟であるダラス宰相は内政の鬼と言われているが、その名の通り悪しきものは徹底的に追い詰めて逃げ道を塞ぎ、希望を持たせてからぶっ潰すことで有名なので、恐らく彼の手腕にかかればキューリスもオルガスも完膚なきまでにコテンパンにされるだろう。

 敵には回したくないが、味方だと思うとなんとも心強い人物であった。


「期待してる」

「あぁ、期待してくれ。ジュリアスも最後の詰めだ、気を抜くなよ」

「あぁ、わかっている」

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