番外編 ジュリアス編1
マリーリは俺にとってヒーローだった。
幼少期の俺はまだ身体も気も小さく、見た目が中性的なのが災いしてよく階級問わず周りの貴族の子息連中から揶揄われたり虐められたりしていた。
言い返せず、抵抗もせずになすがまま。
けれどそんなとき、すぐさま駆けつけてくれたのがマリーリだった。
まるで騎士のようにポニーで駆けつけ、その辺に転がっていたのであろう身の丈ほどの木の枝を振り回し、次々と蹴散らす姿は圧巻で、意地悪な貴族の子息達は半泣きになりながら蜘蛛の子を散らすように逃げ回っている姿は今思い出すだけでも面白い。
そして、彼らが退散するのを見届けると俺のところにやってきて「大丈夫? 怪我はしてない?」と優しく手を差し伸べてくれるのだ。
少し情けなくもあったが俺はそれがとても嬉しくて、いつか自分もマリーリのようになりたい、ゆくゆくは彼女を自分が守りたいと思うようになった。
それから、少しずつ自室で身体を鍛え、自分がマリーリに頼られるほどのカッコいい男になろう、マリーリに見合う男になって大きくなったら彼女と結婚しようと勝手に思っていた。
◇
「え?」
「あら、ジュリアスよく聞こえなかった? 私、婚約したの!」
いつもの何気ない逢瀬のつもりだった。
それなのに会うなりマリーリのこの発言で、俺は聞こえてるはずなのに、理解ができなかった。
(マリーリが婚約……?)
マリーリは自分と結婚するはずではなかったのか、と勝手に信じていた俺は胸をざっくりと抉られたかのような胸の痛みを覚える。
だが、そう考えたときに両親やマリーリの両親から二人はお似合いだと言われていただけで実際に俺からマリーリに何かアクションを起こしたわけではないことに気づいて、目の前が真っ暗になった。
(俺は今まで何をやっていたんだ)
今更後悔しても遅い。
ずっと恋焦がれていた相手が自分以外のものになってしまう現実に言葉が紡げない。
自分が彼女を守るとそう信じていたのに、それが叶わないと知ってガラガラと何かが自分の中で崩壊していくのを感じる。
マリーリは先程から相手の名前や家業、容姿やどういう出会いだったかなどをペラペラと喋っていたが、それに返事ができるほど俺は冷静にはなれなかった。
「もうっ、ジュリアス聞いてるの?」
祝われると思っていたはずのマリーリは、なぜか動揺している俺を不審そうに見ていた。
それもそうだ、普通であればこういうめでたいことがあれば真っ先に祝いの言葉を送っていたはずだ。
「あ、あぁ、……聞いている」
「もう、本当? ……って、もしかして具合悪い? あらやだ、顔色真っ青じゃない。早く家で寝たほうがいいわよ」
マリーリに無理矢理腕を引かれる。
たったそれだけなのに、今失恋したはずの俺の心は往生際悪くドキリと胸を高鳴らせた。
もし叶うならこのままマリーリを抱き締めたい。
抱き締めて、そいつとの婚約を解消して俺と結婚して欲しい、と言いたいのをグッと抑えながら、俺はマリーリに連れられるまま、自宅へと帰されるのだった。
◇
あれから気持ちを断ち切るべく、逃げるように寄宿舎に入った。
「お帰りなさいませ、ジュリアスさま」
「あぁ、ただいま。それで、マリーリの婚約はどうなっている?」
「滞りなく進んでるようですよ。とはいえ、まだ式には時間があるようですが」
「そうか」
寄宿舎に入ることはあえてマリーリには報告せず、こうしてたびたびある帰省も彼女に知らせることなく秘密裏に帰って来ていたのだが、毎度帰るたびにグウェンにマリーリの婚約状況を報告させていて、未だ準備段階ですぐに結婚するわけではなさそうだと聞いて俺は安堵するのだった。
「毎回帰省のたびに確認なさるのであればご本人に直接言えばいいのに」
「それができないからお前に頼んでいるんだろう」
「そうかもしれないですけど。とはいえ、そのうち本当にご結婚なさってしまいますよ? そろそろマリーリさまも適齢期ですし」
「……そうだな」
そんなことはわかっていた。
だが、婚約を済ませてしまった以上俺から手出しができるはずもなく、できることといえば彼女達の動向を探るのみ。
もし何か理由があって婚約解消になればよいと思いながら見守ることしかできなかった。
「それで、相手方に何か問題は?」
「一応調べてますが、これと言って何かあるわけでは……と今まで言っておりましたが、最近のブランは他の御令嬢にうつつを抜かしてることがままあるとか」
「なに? マリーリと婚約しているのにか!?」
「まぁ、はい、そのようです」
「っくそ。マリーリはそのことは?」
「恐らくご存知ないかと」
グウェンの報告にはらわたが煮えくりかえる。
自分が行動を起こさなかったのが悪いとはいえ、マリーリと婚約しているのに他の女に手を出しているブランが憎らしくて仕方がなかった。
「とはいえ、これだけではさすがに婚約解消にはならないと思いますけどね」
「わかっている。とりあえず他にも何かないか調べておいてくれ。グシュダン家のことでもいい」
「承知しました。……はぁ、今更こんなに行動的になるならもっと前々からすればよかったのに」
グウェンの正論にぐうの音も出ないが、誰になんと言われようが俺にはこの選択しかできなかった。
例えマリーリが手に入らなくても、彼女が幸せになれるのなら、と言い訳して俺は彼女達のことを密かに調べ続けたのだった。
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