第52話 何ですか、その酷い顔は!

「マリーリさま、マリーリさま。何か食べないとダメですよ。ねぇ、お願いですから。何かお召し上がりになってください。マリーリさま」

「…………」


 あれから、ずっとマリーリは引きこもったままだった。

 先日のパーティーもどうやって帰ったかすら覚えておらず、心にはぽっかりと穴が空いたままうつろの状態であった。

 涙すら出ないほどの虚無感。

 自分はどうしてここにいるのか、何のためにここにいるのかすらわからず、ジュリアスを拒絶してひたすら何もせずに自室に籠もっていた。

 ミヤはそんなマリーリを心配して、昼夜問わず何度も訪問するがマリーリからの反応はなく、彼女も酷く疲弊していた。

 小言が多いグウェンでさえも何も言えず、この屋敷の空気は最悪の状態だ。


「今日の食事はマリーリさまの大好きな鳥ですよ?」

「…………」

「聞いてください、先日餌をとうもろこしからほうれん草に変えたところアステリアが緑の黄身の卵を産んだのですよ!」

「…………」

「アルテミスも最近マリーリさまが乗ってくれなくて寂しそうにしてますよ」

「…………」


 ミヤが一生懸命話しかけてもマリーリは無言のまま、ずっと布団に籠り続ける。

 何もする気力がわかず、空腹でありながらも食欲はわかない。

 マリーリはただ存在しているだけの物体と化していた。


(私の存在って一体なんなんだろう……)


 ブランも、ジュリアスも離れてしまった。

 ジュリアスのあの笑顔は自分の前だけで見せる姿だと思っていたのに、それだけが支えだったのに。

 キューリスともあんなに親しく、しかもブランをキューリスに奪われたと知っているはずのジュリアスがあのような態度を取っているという衝撃が強すぎて、マリーリは絶望感に打ちひしがれる。

 マリーリは自分の何がいけないのだろう、何が悪かったのだろう、とひたすら考えても何も答えが出なかった。

 それがさらに自分を苦しめる。

 自分にとって普通に生きてることがダメなのではないか、とだんだん悪いことばかりが頭の中いっぱいになり、今まで抑えていたぶん反動で鬱々とした思考や感情が一気に溢れ出し、マリーリにはもうどうすることもできなかった。


(死にたい。いっそ消えてなくなってしまいたい……)


 いつになくネガティブな感情に襲われていたそのとき、突然ガバーッと勢いよく布団がひっぺがされる。

 何が起きたのか、とぽかんとマリーリが顔を上げれば、そこには顔を真っ赤にして涙でぐしゃぐしゃになったミヤがマリーリを睨みつけるように立っていた。


「何ですか、その酷い顔は! あの明るくて素敵なマリーリはどこに行ったのですか!!!」

「ミ、ヤ……」


 ミヤは涙をぼろぼろと溢しながら、叫び続ける。


「いつまでもずっとそんなうじうじしてたってどうにもならないでしょう!? 何も食べずただ引きこもっているだけで、死ぬつもりですか!??」

「…………そ、れは」

「言っておきますけど、マリーリさまが食べないなら私もずっと食べませんからね! 死ぬなら私も一緒に死にますから!!」

「そ、そんなの、ダメよ……」

「どうしてです!? 私は、私は……マリーリさまに一生ついていくといったでしょう!? 死ぬならお供するくらい私は! 貴女を! 愛してるんですよ!!!」

「ミヤ……っ」


 ミヤからの言葉に、ぼたぼたぼた、と涙が溢れてくる。


「グラコスさまだって、マーサさまだって、フィーロ家やここにいる使用人達、みんなマリーリさまのことが大好きなんですよ! それなのに、死のうとするなんて断じて許しません! 死ぬならみんなもろとも道連れにしてください!!」


(あぁ、私は……なんて愚かなんだろうか……)


 こんなにも愛されているのに、何を自分は勝手に絶望していたのだろうか。

 腕を広げて、ぼろぼろと泣くミヤを抱きしめる。


「ごめん、ごめんなさい。ごめんなさい……!」

「〜〜全く、本当に世話が焼けるお嬢様なんですから。あれだけ抱え込むな、考えすぎるなと言ったでしょう?」


 優しく背をさすられ、わーーーーっとまるで子供のように泣くマリーリ。

 ミヤはそれを受け止め、優しく包み込んでくれた。


「……ありがとう、ミヤ」

「ジュリアスさまがいなくたってみんながついていますから。私はマリーリさまが幸せになることだけが望みなので」

「でも、私はミヤにも幸せになってもらいたいわ」

「もう、察しが悪いお嬢さまですねぇ〜! マリーリさまが幸せなら私も幸せなんですよぉ〜〜!」


 お互いに微笑みつつも、ぼろぼろと泣きながら抱きしめ合う。

 マリーリはミヤの温かさで凍っていた心が溶けていくのを感じた。


「酷い顔ね、ミヤ。せっかくの美人が台無し」

「言っておきますけど、マリーリさまのほうがクマもできて髪ボサボサでやつれてて、もっと酷い顔してますよ」

「そんなに?」

「そんなに」


 お互いにくすくすと笑い合う。

 そのあともずっと抱きしめ合っていると、ぐぅううううう! とマリーリの腹の虫が悲鳴を上げ、「ほら、食事にしますよ?」とミヤがマリーリの涙を拭った。


「なんだか、みんなに合わせる顔がないわ……」

「何を言ってるんです〜! みんなマリーリさまの心配をしてますよぉ! ほら、さっさといく!」

「私の顔、酷いんでしょう?」

「そんなのお互いさまですよ。それにみんな同じように鬱屈としてますから、早くマリーリさまの姿を見せてあげてください」



 ◇



「マリーリさま!」

「あぁ、マリーリさま!」

「みんな、心配をかけてごめんなさい」


 久々にベッドから這い出てふらふらなマリーリは、ミヤに支えられて階段を降りる。

 すると、階下で待ち構えていたのか使用人達がわっと一斉に沸いて、マリーリもびっくりするほどだった。


「お加減はいかがです?」

「ありがとう。お腹が空いたかしら」

「すぐに用意致します!」

「お食事のあとはぜひお風呂に。ちょうどいい湯加減にしておきますので」

「申し訳ないけど、お願いね」

「はい!」

「そのあとはアステリアとアルテミスにもお会いになってくださいな」

「そうね。あの子達も心配してくれているものね」


 次々とマリーリを気遣いながら声をかけてくれる彼らにマリーリはまた涙ぐむ。


(あぁ、私のことをこんなにも想ってくれる人がたくさんいるなんてありがたいことだわ)


「みんな、どうもありがとう」

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