第46話 この関係って一体なんなのかしら
風呂上がりの就寝前のひととき。
マリーリの部屋でお互いに髪を乾かし合いながら、今日のことをお互い振り返りながら他愛もない話をしていた。
「あぁ、今日は楽しかった!」
「それは良かった。だが、まだワガママを言ってもらっていないが?」
「え、それ、まだ続いてたの?」
「もちろんだ。ほら、マリーリ。早くしないと今日は終わってしまうぞ?」
「えぇ!? えーっと……ワガママ……ワガママ……ワガママって言ってもなぁ……」
(そもそも、私のワガママをことごとく却下したのはジュリアスじゃない)
釣りのときだって餌を上手くつけれないからやって、とお願いしたのはそれは甘えでも何でもないと言われてしまったし、ちょっと寒くなったから抱きしめてとマリーリが意を決して言えば、それはワガママではなく体調管理だ、とずっと抱き締められたままだった。
では一体何がワガママで甘えてるということなのか、とマリーリは頭を抱える。
予想以上に甘えることの難易度が高くて、正直マリーリはお手上げ状態だった。
「あ、じゃあ、今日一緒に寝るっていうのはワガママ?」
今日は水曜日で約束の金曜日ではない。
普段から寝る前には必ずマリーリの部屋に立ち寄るジュリアスだが、金曜日以外はきちんと自室に戻っていた。
だから今ちょうど寝る前だし、他にこれ以上思いつかないからと最後の悪あがきとばかりに提案してみるマリーリ。
(もしこれも却下されたら、明日に持ち越しということなのかしら? それはそれで大変な気がする)
ううむ、とマリーリは内心一人悩んでいると「わかった。今日のぶんのワガママはそれでいい」とようやく許可が下りた。
「え、いいの?」
「まぁ、それならワガママだと認めなくもない」
(そのジュリアスの選定基準は一体なんなのか)
マリーリは謎に思いながらもとりあえずはミッションクリアに成功して肩の荷が降りてホッとする。
「あ、じゃあグウェンとミヤに伝えておかないとね」
「あぁ、そうだな。また怒られては敵わんからな。彼らはもう寝てるだろうし、書き置きでも残しておこう」
「うん、そうしておいて」
ジュリアスが一旦自室へと戻ると「ほう」と息をつくマリーリ。
(この関係って一体なんなのかしら)
仲はいいほう、だと鈍感なマリーリでも思う。
他のみんなと違って特別な扱いをされているとは思うのだが、やはりまだどこか信用しきれていないという気持ちがマリーリにはあった。
ジュリアスが自分に対して好意を持ってくれていることはわかるが、それが果たして友愛なのか親愛なのか、恋愛感情があるのかないのか未だに推し量れていない。
(ネガティブ以前に、この関係をハッキリさせないとよね)
正直、自分だけが好きだという事実がマリーリにはつらかった。
ジュリアスが気を遣ってくれているのも、ミヤがそれを見て大丈夫だとお墨付きをくれているのもわかってはいるが、どこか胸の奥底で「それは違う」と否定する何かがいる。
昔はここまで自身の感情に否定的ではなかったはずなのだが、何かが蝕むように自分の感情をじわじわと侵蝕していくような感覚。
どちらかといえばあっけらかんとしているタイプだったはずなのに、いつからこうも変わってしまったのか。
(ブランと出会ったときはまだそこまで否定的ではなかったはず)
過去を振り返ってみても、ブランに初めて会った社交界では確かに緊張したり相手にされずに寂しい思いもしたりしたが、かと言ってそこまで気に病むというわけではなかった。
当時心細さは感じていたものの、それは自分があまりにも楽天的で、こういう場面では男性からちやほやされるものだという勝手な自尊心の肥大化みたいなものがマリーリにはあった。
(今考えると黒歴史よね)
どうしてあそこまで自信があったのか、と当時の己を恥じるマリーリ。
だが、同時にやはりあのときは今みたいにこうもネガティブではなかったと思い至る。
(だとすると、いつから……?)
時系列を追ってみると、ブランと会って婚約したときは全然ネガティブなんてことはなく、ブランが遅刻しようが誕生日を忘れようが全然気にしていなかったし、むしろ彼の安否を心配していたくらいだった。
(って、今考えると自分盲目すぎでしょ)
結構自分の扱い雑だったのによくあそこまで好きだったな、とマリーリは自嘲しつつ、そのときはネガティブのネの字もなかったと思い出す。
(そういえば、そのあとにキューリスに出会ったのよね)
キューリスはいつも明るくニコニコと誰にでも分け隔てなく接する子であった。
たくさんの友人がいて、色々な情報を持っていて、自分が知らないことをたくさん知っていて、マリーリは彼女の話を聞くのが大好きだった。
(まぁ、全部偽りであったけど)
そもそも以前ミヤが言っていた婚約クラッシャーというのも当時の自分が言われても信じていなかっただろう。
あのキューリスがそんなことするなんて、と。
そもそもそんな気配はなかったし、そんな噂も聞いたこともなかった。
(というか、聞く状況でもなかったものね。って私、どうして社交界に行かなくなったんだっけ)
トラウマのようなことを言われたのは覚えている。
だが、それをどこで言われたのか、いつ言われたのか、マリーリは詳細に思い出せない。
そもそも、トラウマになっていつから社交界に行かなくなったのかも具体的に思い出せないし、原因すら思い出せないことに気づいて、マリーリの中で疑問が生まれた。
「あれ、私……?」
「マリーリ、どうかしたのか?」
「っ、ジュリアス。戻ってきたのね」
いつのまにか戻ってきたらしいジュリアスがマリーリの顔を覗いていた。
考え込んでいて気づかなかったがどうやらいつの間にか戻ってきていたらしい。
だが、その表情はなぜかどこか険しかった。
「どうしたの?」
「いや、何でもない。さて、書き置きも済ませてきたし、寝るか」
「えぇ、そうね。って、ちょ……っと! ジュリアス!」
再び横抱きにされて、ベッドへと運ばれる。
まるでお姫様のような扱いにマリーリは先程の悩みなど吹っ飛び、一気に脳内がパニックになった。
ゆっくりとベッドの上に降ろされると、すぐにジュリアスは灯りを消して戻ってくる。
そして、身体を探られたかと思えば、いつもと違ってグッと逞しい腕に引き寄せられて抱き締められた。
「おやすみ、マリーリ」
「お、おやすみ、ジュリアス」
どくんどくんどくんどくん
ジュリアスの鼓動が伝わってきて、羞恥に小さく震えるマリーリ。
そしてそれを隠すように彼にくっつきおずおずとジュリアスの背に腕を回すと、さらに強く抱きしめられてより密着し、匂いや温もりを感じて安心する。
(やっぱり好きだなぁ、ジュリアスのこと)
だからついマリーリは口が滑ったのだ。
「……ジュリアス大好き」
彼に抱きつき数秒、つるりと自然に出た言葉。
自分では気づかないほどに勝手に出てきた言葉だった。
(あれ、今、私何か言った? 夢? 現実!?)
「ありがとう」
まさか言葉が返ってくるとは思わずびくりと身体を硬直させる。
(今のって返事? でもありがとう、ってどういう意味!? てか、私……あぁああああぁあああ)
一度吐き出した言葉を戻すことは敵わず、内心パニックになりながらも追及することもできず。
マリーリは悶々としながらもそれ以上動くことも何も言うこともできなくて、結局彼の腕で小さくなりながら大人しく眠るのであった。
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