第41話 では約束をしようか

「馬を……?」

「あぁ、以前マリーリ用の馬を飼おうと約束していただろう? 今日は休みをもらったからな、約束を果たすために馬を見に行こうと思っているんだが」

「え、でも……」


 チラッとそばにいるグウェンを見るマリーリ。

 だが、彼はいつものように金遣いのことで怒るでもなく澄ました顔をしていた。

 すると、ジュリアスが察したように微笑む。


「大丈夫だ、これは元から折り込み済みだからな。なぁ、グウェン」

「えぇ、これに関しては元々予算に組み込まれていましたのでボクからは何も。よほど高級な馬を買わない限りは何も申し上げません」

「と言うことだ。さて、早速出かけるぞ」

「え、ちょっと……っ」


 言うやいなやすぐに外に向かうジュリアスに、マリーリは慌ててついて行く。

 グウェンもミヤも、その様子を微笑みながら見送った。


「ねぇ、気を遣ってない?」

「何が」

「この前のパーティーのこと」


 バルムンクに相乗りしながら馬を買いに厩舎へと向かう。

 その道中、急に馬を買いに行くと言い出したジュリアスに、先日の一件で自分に気を遣ってわざわざ休みを取って馬まで買ってくれると言っているのではないかと申し訳なくなって、マリーリはギュッと身体を縮こませた。


「そうは言っても、マリーリはあのときのことを喋らないだろう?」

「それはっ! ……そうだけど」


 確かに、マリーリはジュリアスに追及されたところであの時キューリスに言われた理不尽なことを言うつもりはなかった。

 言ったところでオルガス公爵にジュリアスが何か言えるはずもないし、立場としてはどう考えてもこちらのほうが下である。

 だからこそ、下手なことを言ってジュリアスを困らせたくはなかった。


(ジュリアスの奥様として、ジュリアスの足は引っ張りたくない)


 そもそもキューリスの悪意は自分にしか向けられておらず、自分さえ我慢すればそれでいいとマリーリは思っていた。

 自分のことであれば、苦しくはなれど昇華できないほどの痛みではない。

 マリーリのメンタルは弱いものの、それをグッと押し留めることができるほどの強い意志があった。


「なに、俺は約束を守る男だ。そもそもプロポーズのときの約束だっただろう?」

「そうだけど……」

「遅かれ早かれ買う予定だったんだからそれで問題ないだろう? マリーリが気に病む必要はない」

「でも……」

「しつこいぞ。甘えるときは甘えてくれ。そのほうが俺も嬉しい。マリーリは強がってばかりで弱い部分を見せないからな」

「そんなこと……っ、なくはないと、思うけど……」


 言いながら尻すぼみになる。

 実際に人に弱い部分を見せていいのかわからず、つい気丈に振る舞ってしまうのはマリーリの悪いところだった。

 でもそれは決して相手を信用していないからではなく、ただマリーリがあまりにも不器用すぎるからゆえである。

 そうわかっていても、やはり不器用なマリーリはなかなか甘えることができなかった。


「よし、では約束をしようか」

「約束……?」


 突然何を言い出すのかと、思わずきょとんとするマリーリ。

 だが、ジュリアスはマリーリのぽかんとした表情を見て満足そうに笑っている。


「あぁ、約束だ。マリーリは一日一回俺にワガママを言うこと」

「え?」


 言っている意味がわからなくてマリーリがまじまじとジュリアスを見る。


「は、え? どういうこと?」

「うん? 言っている意味がわからなかったか? 一日一回、俺に甘えてくれと言っているんだ」

「な、何で!?」

「そうでもしないとマリーリはワガママ言ったり甘えたりしてくれなさそうだからな」

「えぇ!? そ、それは……でも……」


 そんなことない、と言いきれないのがマリーリの素直なところだ。

 実際に甘え慣れてないマリーリが約束もなしに甘えるというのは難しく、嘘でもワガママ言うから! とは言えないのがマリーリという少女であった。


「自覚はあるだろう?」

「うぐ……」

「ということだ。約束だぞ」

「そ、そんなの私だけが得するじゃない。ジュリアスには何かないの?」

「俺? 俺はマリーリが一日一回ワガママ言うのが褒美みたいなものだ」

「何よ、それ。意味がわからないわ」

「はは、とにかく俺はマリーリがそばにいてくれればそれでいい」


 突然そんなことを言われてマリーリの胸が高鳴る。

 いくらキューリスからボロクソに言われたとしても、ジュリアスさえ一緒にいてくれたらそれだけで頑張れる気がした。


「わ、わかったわ。じゃあ、早速だけど今日のワガママいい?」

「あぁ、何が望みだ?」

「馬を買ったら、せっかくだから馬で野駆けしたいわ」


 ささやかな願いがふと浮かんで口にする。

 今日はジュリアスは休みだというし、童心にかえって昔のように野駆けして嫌なことを忘れるくらい楽しみたかった。

 のだが、


「それは却下だ、マリーリ」

「えぇ!? 却下とかあるの……?」


 まさか却下されるとは思わず、ジュリアスを見上げると、嬉しそうにニヤニヤと笑っている。

 今日の彼は上機嫌だ、と思っていると「それは願いじゃない」と一蹴されてしまった。


「え? でも……」

「それは元々今日やることのうちに入っている。ということでその願いは却下だ。改めてくれ」

「そ、そんなぁ……!」

「はは、今日はまだ長いから色々と考えておいてくれ」

「うぅうぅぅうう」


 マリーリが唸るとジュリアスは彼女の頭をぽんぽんとする。

 そして、「ちゃんと可愛らしいおねだりを期待する」と耳元で囁かれて、茹でだこのように顔を真っ赤にするのだった。

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