第28話 ちょっとこっちに来い

 食事を楽しみながら会話も弾み、その後のダンスでも前日の練習のおかげかそれなりには踊ることができた。

 そして無事に親睦会を兼ねたパーティーを終えて帰宅したのだが、本日の功労者であるジュリアスはもうふらふらで、今にも倒れそうである。


「今日はお疲れ様、旦那様」

「あぁ、マリーリもお疲れ。あー……、もうパーティーなど勘弁してほしいところだが」

「……だが?」

「近日中に国王陛下直々に招待されたパーティーに出なければならない」

「あら、それは大変ね」

「何を他人事のように言っているんだ。マリーリも出るんだぞ?」


 ついまた家で留守番しているつもりであったが、そうだ今はジュリアスの妻として行かなければならないのかと思い出す。

 そもそもマーサに夜会に出る宣言をしていたというのに、長年の思考はなかなかに変えられないらしい。


「え? あ、そっか。なら、ドレスとか用意しないと」

「そうしてくれ。……とりあえず今日は本当に疲れた」


 ぐでーっといつになくだらしない格好でソファに沈むジュリアス。

 さすがに今回はホストということでいつも通り無口のままではいられず、今日は彼にとって一生分と言っていいほど喋ったことだろう。


「本当にお疲れのようね。何かいる? 使用人達にはみんなお休みあげちゃったから用意できるものは限られてるけど」


 使用人達も今日は疲れているだろうから、とそのままみんな明日まで休みをあげたため、今動けるのは自分達だけである。

 マリーリも疲れてはいるものの、普段動き回っているぶん体力があるのでまだ動ける余力があった。


「いや、大丈夫だ。気遣いありがとう」

「そう? もしお邪魔なら部屋に戻ってるわね」


 そう言って腰を上げると「待ってくれ。ここにいてくれ」とジュリアスに言われてマリーリは再び腰を落とした。


「私がいて邪魔じゃない?」

「邪魔じゃない」

「なら、……いいんだけど」


 沈黙が流れる。

 あの以前ジュリアスが突然寝てしまったときのような穏やかなひととき。

 本来ならきちんと自室へと連れて行ってあげるのがいいのだろうが、この感じだと動いてくれなさそうだし、マリーリ一人で運ぶのは無理だろうと諦めた。


「マリーリ」

「何?」

「ちょっとこっちに来い」

「何よ、人遣いが荒いわね」


 言われた通りにジュリアスの近くに座る。

 すると、なぜか膝に頭を乗せられてしまった。


「重い」

「疲れたんだ。妻として労ってくれ」

「はいはい。もう、めんどくさい旦那様ですね」


 おままごとのようなやりとりではあるが、それがなんだか心地よかった。

 そっと髪を撫でると、気持ちよさそうに目を閉じるジュリアスがまるで猫のようで可愛らしい。


「昔……」

「ん?」

「昔、よくマリーリにこうして頭を撫でられて慰められていたのを思い出す」


 目を瞑りながらジュリアスが口を開く。

 昔、と言われてマリーリも過去を思い出す。


「そういえば、そんなこともあったわね」


 幼少期、ジュリアスは中性的な見た目が災いして、よく「おんなおとこ」と呼ばれてからかわれていた。

 ジュリアスも当時はあまり気が強いほうではなく、当時から人見知りで寡黙でやられる一方で、見かねたマリーリがよく出張ってはそのいじめてくる貴族の子息達を物理的に蹴散らしていた。


「毎回ポニーで駆けつけてくるのはカッコよかった」

「だって、馬は危ないからってお父様に止められていたのだもの」


 当時のマリーリの愛馬はポニーのアポロニウスという名で、彼女に似て気が強く、誰よりもマリーリに懐いていたポニーだった。

 どこに行くにでもマリーリはアポロニウスを連れ、さながら騎士のようであった。

 マリーリ自身も騎士に憧れていた部分もあり、行く先々で粛清とばかりに悪ガキ達を物理的に圧制したせいで男達はみな彼女に近づかなくなってしまったのだが。


「あのときのマリーリはカッコよかった」

「やめてよ、もう。あれは黒歴史なんだから」


 アポロニウスが亡くなって、マリーリは三日三晩泣き続け、それ以降パタリと騎士ごっこをやめてしまった。

 相変わらずおてんばではあったのだが、どこか落ち着いたというか、人並み外れたことをしなくなった。

 グラコスもマーサも成長したのね、と喜んでいたが、マリーリ自身はなんだかポッカリ心に穴が空いたような心地になって、何をするにもあまり感動しなくなってしまったのだが、それを理解してくれる人は当時家族にはいなかった。

 ただ、ジュリアスにだけには「今までありがとう」と言われたことだけは覚えている。


「でも、俺はあれで救われた」

「ジュリアス?」

「マリーリは俺の騎士だった。だから今度は俺がマリーリの騎士になろうと思ったんだ」

「え?」


 まっすぐ見つめられて目が逸らせない。

 ジュリアスの真剣な眼差しに、胸が早鐘を打つ。


「ジュリアス……」

「マリーリ……」


 だんだんと近づく唇に、ゆっくりと目を閉じる。

 もう少しで触れそうなそのとき、突然グイッと衝撃を受け、身体を押しのけられた。


「え?」

「いや、……っすまない」


 あからさまに顔を顰めるジュリアスに、どんな顔をしたらよいかわからないマリーリ。


(え、今キスしそうな雰囲気だったけど……拒絶された?)


 マリーリの心がざっくりと傷つく。

 それを察してか、クシャっと顔を歪めるジュリアスだが、そのまま起き上がると「悪かった。今日は疲れただろう、早く寝よう」とそのまま部屋を出て行ってしまった。


「何なのよ、もう……」


 いい雰囲気だったはずなのに、一気に地獄に落とされた気分だ。


(一体ジュリアスは私のことをどう思っているのだろうか)


 ずっと抱えている不安に震えながら、マリーリはこっそりと涙を流した。

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