第25話 そういえば、用事って?

 ジュリアスに言われたとおりに布団に潜る。

 いつもの実家の部屋と違うのもそうだが、ジュリアスと同じ家にいると思うと何だかそわそわして落ち着かない。


(ジュリアスったら、大丈夫かしら)


 ジュリアスがいない時間が長く感じる。

 やはり白湯の作り方がわからなかったのではないか、そもそも主人に白湯を作らせるというのはいかがなものか、とマリーリが不安になっているときだった。


 ーーコンコン


「誰?」


 ノックをするような人物が思いつかなくて、使用人かと思って声をかけると「俺だ」とジュリアスの声が聞こえる。


「ジュリアス? どうぞ」

「失礼する」


 恭しく頭を下げて入ってくるジュリアスに、面食らうマリーリ。

 そんな気を遣わないでもいいのに、と思いながらも自分に気を遣ってくれたのだと思うとちょっとだけ嬉しくなる。


「わざわざノックしなくてもいいのに」

「一応礼儀だからな」


 こういうとこ律儀だなぁ、と思いながらベッドサイドの机に白湯を置いてもらう。

 コップを見下ろすとホカホカと湯気が立つ透明な白湯がそこにあった。


「ありがとう、ジュリアス」

「あぁ、気にするな。あ、だが、ちょっと温めすぎたかもしれないから、多少冷ましてから飲むほうがいいかもしれない」

「そう? わかった」


 手をつけようとすると慌てて制するジュリアス。

 普段は仏頂面で寡黙なため、普段の彼を知る人物がこの姿を見たらきっと驚くだろう。

 誰かがジュリアスのことをクールビューティーと評していたが、人に興味がないように見えて案外彼は面倒見がいいのだ。

 もしかしたらジュリアスのこの姿を知ってるのは自分だけかもしれないと思うと、少しだけマリーリの気分は上がった。


「そういえば、用事ってどうしたの?」


 つい忘れていたが、そういえば本来ジュリアスの目的は自分に用事があったはずだと思い出すマリーリ。

 するとジュリアスは再び隣に腰掛け、何やらゴソゴソと自分の身体を漁っている。


「実はな」


 そう言って渡されたのはアンクレットだった。

 紅く煌めく宝石がいくつもあしらわれ、とても高価なものだと一目でわかる代物だ。

 揺らすとキラキラと光に合わせて輝き、魅入ってしまうほどに美しい。


「どうしたの、これ」

「先日ハンカチをくれただろう? 俺も何かマリーリに婚約の証として渡しておきたくてな」

「指輪じゃなくて?」

「あー、ほら、マリーリに先に指輪を渡すと失くすかもしれないだろう? だから、失くさなくて邪魔にならないものをと思って選んだのだが」

「べ、別に指輪をもらっても失くさないわよ」

「そうか? ……というのは冗談だ。実はせっかくなら普段つけてて邪魔にならないほうがいいだろうと思ってな。できれば指輪はそのうち一緒に見に行きたいと思っていたんだが、いいだろうか?」

「一緒に? ジュリアスと? 指輪を?」

「あぁ。……本来はサプライズであげられたらよかったのだろうが、あいにくそういうのに詳しい知り合いなどがいなくてな。ずっと騎士として戦場に出てた弊害というべきかなんというか……」


 あれこれ言い訳を始めるジュリアス。

 その顔から本当に戸惑っているのがよくわかる。

 昔からジュリアスは焦ると多弁になるのだ。

 恐らく、本当に指輪を選びきれずに困った末のアンクレットだったのだろう。


「わかったわかった。ジュリアスの都合いい日に見に行きましょう」

「いいのか?」

「ジュリアスが言ったんでしょ。それに本当に私が失くさないってとこもアピールしないと」

「それもそうだな。でも、とりあえずはこれをキミに」

「いいの? 高かったんじゃない?」

「マリーリのために買ったんだ。それにアンクレットは魔除けや御守りの意味もある」

「へぇ、そうなの」

「あぁ。で、早速つけようと思うのだがいいだろうか」

「え、えぇ。いいけど」


 マリーリが身体を起こし、布団から足を出すとジュリアスが跪き、左足に触れる。

 なんだかむず痒いようなそわそわする感覚。

 こうして跪かれたことなどなかったマリーリは、妙な感覚を覚えながらジュリアスの指先を見つめる。

 大きく節張っていて男性的でありながらも指は長くて綺麗だなぁ、と見つめながらアンクレットを左足首につけてもらった。


「よし、できた」

「ありがとう、ジュリアス」

「あぁ、大事にしてくれ。くれぐれも失くすなよ」

「だから失くさないってば」


 お互い軽口を言い合うと笑い合う。

 こうした彼とのひと時がたまらなく愛しかった。


「そろそろ寝ないとな」

「えぇ、そうね。ジュリアスも風呂上がりならしっかり寝ないと風邪ひくわ」

「そうだな。ホストが風邪をひいたら目も当てられないからな」


 このまま一緒にジュリアスと寝れたら、なんてはしたない考えが頭に浮かんで慌てて消す。


(まだ婚約中だというのに、そんなこと考えてたら淑女としてダメよね)


「おやすみ、マリーリ」

「おやすみなさい、ジュリアス」


 彼の背を見送り、パタンとドアがしまるのを確認すると、キュッと胸が切なく疼く。


(そうだ、白湯)


 せっかくジュリアスが入れてくれたのだから飲まなければ、と手を伸ばして口に含む。

 するとちょうどいい温度まで冷めていたようで、ほんのりと温かくてなんだか気持ちまで温かくなってきた。


(寂しくならないうちに寝よう)


 最後の一滴まで飲み干すと、身体が火照るのを感じながら布団に潜り込む。

 なんだかジュリアスに抱き締められているような錯覚を覚えながら、マリーリは目を閉じて眠りにつくのだった。

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