第14話 マリーリはいないか!?
今週末にブレアの地に旅立つのを控えたある日のこと。
本日はグラコスとマーサは国王陛下のところでパーティーがあるとのことで、二人して仲良く行ってしまった。
マリーリも同行しようと思ったのだが、いかんせん先日の婚約のことがなぜか尾ひれがついて拡散されてしまっているようで、あることないこと勝手に噂されているらしく、マリーリの精神衛生上あまりよろしくないだろうとの判断で今日は大人しく留守番だ。
ジュリアスも国王直々に声をかけられたそうで、気乗りしていなかったものの赴任前ということで行かざるをえないと、渋々ながらパーティーに向かった。
自分と使用人達以外誰もいないというのはマリーリにとっては久々で、みんなをお見送りはしたものの、なんだか寂しく思う。
しかも外の天気は大荒れで、飛んでいきそうなものは全て納屋や家にしまい込んだが、ガタガタと壁や窓が音を立てて、マリーリはとても心細かった。
「随分と荒れた天気ね。お父様もお母様もジュリアスも、みんな大丈夫かしら……」
「ここをお出になられてからだいぶ経ちますから、もう城には着いていらっしゃるかと。でも、この天気でしたらお帰りになるのは明日かもしれませんね〜」
「そうね。無理に帰ってきても危険だろうし」
「もう、そんなお顔なさらないでください〜! ちゃんとマリーリさまにはミヤがついておりますから!」
「ありがとう、ミヤ。心強いわ」
ミヤはすぐさまマリーリの心情を察して励ましてくれる。
年が近いのもあってまるで姉妹のようで、ミヤとの距離はとても心地よいものだった。
ーードンドンドンドン……!
不意に外から戸を叩く大きな音に、マリーリはびくりと身体を竦める。
偶発的に何かがぶつかっているのではなく、意図的に乱暴にドアを叩くその音に、ミヤが「この時間に訪問者ですかね?」と不審げな顔をしていた。
「ちょっと様子を見てきます。マリーリさまはこちらでお待ち下さい」
「でも、ミヤ大丈夫?」
「大丈夫ですよ。庭師のサムと執事のトッドも連れて行きますから」
線の細い年配の執事のトッドはさておき、庭師のサムなら身体が大きく屈強な身体つきをしているので万が一強盗や暴漢などであっても対応できるだろう。
「そうね、それなら心強いわね」
「えぇ、ですからマリーリさまはちょっとこちらでお待ちくださいね」
そう言って、玄関のある階下へと降りていくミヤ。
ちらっと階下を見れば、既にサムもトッドも玄関にいて、その周りをメイド達が不安そうに見守っていた。
(誰か訪問者がいるなんて聞いてないけど、一体こんな時間に誰かしら)
心当たりのある人物はみんな今日の国王陛下のパーティーに呼ばれてしまっている。
それゆえ、もう夜更けだと言ってもいい時間に訪問する客など誰も思いつかなかった。
「マリーリ! マリーリはいないか!?」
ミヤ達が外に声をかけて玄関の扉を開くと、勢いよく扉を開いて怒鳴り散らしながら入ってきたのはまさかのブランだった。
ブランと会う約束をしていないどころか、あの一件以来ずっと顔を合わせておらず、お互いに落ち着くまでは会わない約束をしたとグラコスから聞いていたのに、一体何の用事でここに来たのかとマリーリは訝しんだ。
「ブランさま? 本日はアポイントをいただいておりませんが」
「煩い、黙れ! 婚約者に会うのになぜアポイントが必要なのだ!」
ブランはそう言うとしきりにキョロキョロと見回す。
その姿はあまりに異様で、メイド達も近寄らないように遠巻きから見つめていた。
「ブランさま、マリーリさまは今は貴女の婚約者ではございません。それに、もう遅い時間ですから、どうかお引き取りください」
「何だと!?」
「申し訳ありません、ブランさま。現在ご主人様不在の中、アポイントもなしにマリーリさまの元婚約者である貴方様を家にいれることはできませぬ。どうかお引き取りを」
トッドやサムが口々にブランを諫めようとするも、さすがに格式は相手が上、あまり強く出られずに周りもどうにか彼を宥め、穏便に済ませようとしていた。
だが、ブランは「マリーリを出せ!」の主張しかせず、怒鳴りつけているような大きな声で喚き散らし、引く気配は微塵もなさそうである。
(どうしてブランがここに……? 私に何の用があるというの?)
初めて見る彼の荒々しい姿に、マリーリは恐怖でその場から動けなくなっていた。
ブランがあんな大声で叫ぶように自分の名を呼ぶことに戸惑い、震え竦み上がる。
だからか階段上から見ているのが階下からも丸見えで、立ち竦んで動けずにいるマリーリとブランはバチっと目が合ってしまった。
「マリーリ! そこにいたのか!!」
「ひぃ!」
こちらにノシノシとやってくるブラン。
それを必死に食い止めようとするトッドとサムだが、やはり伯爵家の令息相手に怪我をさせてはいけないと全力で引き止めるわけにもいかず、力加減をするとどうにも食い止めることができないようで、じわりじわりとマリーリのほうに迫ってくる。
「マリーリさま! お部屋にお入りください!!」
「ブランさま! どうかおやめください!!」
「煩い! どけっ!!」
ブランが大きく払い除けるとトッドがバランスを崩して階段から落ち、「きゃああ!!」とメイド達の悲鳴が上がる。
ドスン、ドンドンドンドン……っ
「トッド!」
階段を転がり落ちるトッドの姿に顔面蒼白となるマリーリ。
だが、トッドはむくりと身体を起こすと、「マリーリさま、私は大丈夫です、から! 早く、お逃げください!」と痛々しい顔で必死でマリーリに声をかけてくる。
(恐い恐い恐い恐い……っ)
トッドのぼろぼろの姿に、さらに脚に力が入らず動けなくなる。
その間もふらふらとやってくるブランに怪物のような恐ろしさを感じながらも、恐怖でただ彼を見つめるしかできなかった。
「マリーリ……っ!」
「マリーリさま!! 逃げて! 早く、逃げなさい!!!」
ミヤの悲鳴にも似た叱咤する声にハッと我に返る。
(怖がってちゃダメ、逃げなきゃ、私……っ)
竦んでた脚に力をこめ、じりじりと後ろに下がって自室へと戻る。
そして、鍵をかけようと必死にドアノブに手をかけて震える手で鍵を閉めようとしたとき、グイッと強い力でドアを引かれてそのまま尻餅をついてしまった。
「マリーリ、ここにいたか……」
「ぶ、ブラン……」
後ろ手でガチャン、と鍵が閉められてしまい、マリーリとブランの二人きりになってしまう。
外から「マリーリさま!?」「ブランさま、どうかおやめくださいませ!!」と叫び声が口々に聞こえてくる。
「あぁ、煩い……っ!」
ガンっ!
「ひぃ!」
近くにあった椅子を蹴られて、椅子は壁にぶつかると大きな音を立てて壊れた。
それを目の当たりにし、恐怖で震え上がるマリーリ。
「入ってくるんじゃないぞ使用人共! 入ってきたらお前達のお嬢様がどうなるかわかっているんだろうなァ!?」
外の使用人達を脅迫するように大きな声を上げるブラン。
恐らくガチャガチャとドアノブが動いたことで、マスターキーで誰かが開けようとしたことに気づいたのだろう。
そもそも彼らはブランよりも身分が低く、これでもマリーリの元婚約者である。
婚約を破棄したとはいえ、下手に使用人達が手出しができないのもまた事実だった。
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