第6話 どういうことですかぁ〜!?
「まずは図柄、どうしよう」
まっさらな紙を前にうーんうーんと悩んでいると、「マリーリさまぁ〜!!」と聞き慣れた声に振り返れば、突然巨大な柔らかいもので顔面が覆われる。
「うぐ……っ」
「聞きましたよ〜!! 婚約破棄してすぐ新たな婚約されたって!! どういうことですかー!?」
「ミヤ、く、苦しい……!」
「あらいけない。つい勢い余ってしまいましたぁ」
豊満な胸元を押しつけられ、ギュウギュウと抱きしめられたせいで息ができずに、「危うく死ぬところだったわ」とメイドのミヤに抗議すれば、「またまたぁ、マリーリさまは大袈裟ですよ〜?」と軽くいなされる。
「それで? どういうことなんです?」
「どういうことって?」
「ですからぁ、婚約破棄と新しいご婚約ですよぉ!」
「お母様といい、ミヤといい、本当こういう話好きね」
「そりゃあ、それ以外娯楽ありませんし?」
「本音出しすぎでしょ。もっと本音と建前使い分けてよ」
「だって、マリーリさまですし?」
「どういう意味よ」
「ふふふ」
全く、可愛らしい仕草で誤魔化して……、とメイドの中……いや見知っている人物全員の中でもダントツに美人で可愛らしいミヤにはぐらかされてしまったら、それ以上追及できない。
女性らしいミヤを見ながら、私もこういった女性だったらよかったのだろうか、と再びモヤモヤした感情が湧き上がるマリーリ。
その暗い表情に何か察したのか、すかさずミヤが「御髪整えますねー」と軽い調子で髪を梳いてくれる。
「それで? 浮気されたんですって?」
「何よ、もう知ってるじゃないの」
「ある程度は聞きましたけど、実際のお話を直接本人に聞いたほうがリアリティがあるじゃないですかぁ。それに、こういうのはいっぱい言って、ストレス発散させるのがいいんですよ?」
「そういうものなの?」
「そういうものです〜」
ミヤに唆されて、今日あったことを話す。
さすがに三回目だからか、それともジュリアスの説明を聞いていたからか、ある程度まとまって話せたように思う。
「よりにもよって、お相手ってあのキューリス嬢ですかぁ」
「えぇ、そうなの」
「マリーリさまが親しくなさっていたから今まで言えませんでしたけど、あの方は婚約クラッシャーですからねぇ」
「こ、婚約クラッシャー……?」
「噂ですけどね。自分に気がありそうな人に粉かけるのが趣味だとか。立ち回りが上手いそうで、あまり尻尾を出すことはないようですけど」
「そ、そうだったの。ところでミヤ、どこでそんな情報を……?」
「それは言えません〜。でも、メイドはメイドで色々な情報が回ってくるんですよぉ。ふふふ」
ニコニコニコニコ、とこれ以上追及するなとでも言いたそうな表情に、聞きたい気持ちをグッと堪える。
というか、自分以外の人のほうが様々な情報を知っているということが多すぎて、改めてもっとちゃんと社交界に出ねばな、と今までの怠惰さを改めようと思ったマリーリ。
「それでそれで? どうしてジュリアスさまとご婚約を?」
「いや、それは、私も正直よくわからなくて」
「でも、さっき仲睦まじそうになさってたじゃないですかぁ〜! ジュリアスさまって、イケメンで強くて出世もなさってて、ブランさまなんかよりよっぽどいい男ですよぉ〜!!」
「そ、そうかな?」
確かに、無口で無愛想だからか恐いイメージを持たれていることが多いが、昔はよく喋ったし、さっきもなんだかんだで色々と気遣ってくれて、気安さはある。
でも、ジュリアスが本当に私のことを想って婚約をしてくれたのかは自信がなかった。
(きっと、身分や資産でちょうどいい相手だから私を選んだのだろうし。そもそもジュリアスって私以外女性と話してるとこあまり見たことがないから、そういう気安い部分で選ばれたのよね)
でも、あのキスは……、と冗談のつもりで言ったはずのキスを思い出して顔が熱くなるマリーリ。
まさか本当にされるとは思わず、しかも初めてだったこともあって、マリーリは思い出しただけでも爆発寸前だった。
「あらあら、なんですかぁ〜? マリーリさま、顔が赤いですよ? もしかして、何かいやらしいことでも考えているんです?」
「い、いや……!? 違うわよ! てか、ちゃんと髪結んでちょうだいな。私、刺繍しなきゃいけないんだから」
「あら、マリーリさまが刺繍なんて。ってあぁ、せっかく作ったハンカチがおじゃんになっちゃいましたものね」
「そう直球で言わないでちょうだい」
ミヤは容赦がない、と思いながらも、実際その通りなので言い返せない。
「ジュリアスさまに新しく作られるんですよね?」
「えぇ、まぁ」
「でしたら、イニシャルのJは絶対に入れたほうがよろしいですよね。それと……何を入れるんです?」
「今、それを悩んでるのよ」
ジュリアスのイメージ……、と考えてもあまり浮かんでくるものがない。
前回ブランへは馬の刺繍をしたから、馬はなんとなく却下だし、そうなると何がいいだろうか。
そもそも自分ができる範囲の刺繍ってなんだろう、とマリーリは思考がぐるぐるとこんがらがる。
「でしたら、目を瞑ってください」
「え、目? 何で?」
「いいからいいから。ほら、目を閉じる〜」
ミヤが目隠しをするようにマリーリの目元を覆う。
そして、「ジュリアスさまを思い浮かべてください」と言われてジュリアスを思い浮かべる。
「思い浮かべたわ」
「でしたら、ジュリアスさまの好いてる部分を言ってください」
「は、はぁ!? きゅ、急に言われても無理よ!」
「ダメダメ〜、目は瞑ったままですよぉ〜! とりあえず、見た目でも性格でも何でもいいですから。あ、でも最低五つは挙げてくださいね」
「い、五つ!?」
そんな突然ジュリアスの好きな部分を言えと言われても……っ、しかも最低でも五つ!? とマリーリはとりあえず頭の中をフル回転させる。
「え、えーっと……優しいところ、と」
「具体性がなく、ありきたりなので却下」
「えー! 却下とかありなの!?」
「もちろんですよ。そんな優しいとか漠然とした答えなんてダメに決まってます。次」
私、ミヤの主人であるはずなのに手厳しやすぎないか? と悶々としながらも、ジュリアスの好きな部分を改めて考える。
「あ、ちゃんと話を聞いてくれるところ」
「いいですねぇ、そういうの。大事です! ではまず一つ目。他には?」
「他……うーん、私のことをからかうけど、バカにはしないところ?」
「うんうん、ちゃんとマリーリさまのことを受け入れてくれているということですね。素敵! これで二つですね。では次」
「うーーーーん、と……私のことを気にかけてくれてる、ところ……?」
「気にかけてるって具体的に言うと?」
「私の様子を察してくれる? とか」
「あぁ、素敵! 素敵すぎて羨ましいくらいです〜!! 察してくれるって究極の愛ですよねー!! それでそれで、他には?」
ミヤのテンションが一気に上がる。
ミヤは何か察してもらいたいのか? と思いながらも他のいいところを探す。
「嘘をつかない、ところ?」
「いいですね、誠実さ! あと一つ!」
嘘はつかないけど、大事なことは黙ってるのよねあの人、と思いながらマリーリは最後の一つを捻り出すかのように頭を悩ます。
「最後……最後……。話しやすい、ところかしら」
「話しやすい、ですか……まぁ、確かにそういうのも大事ですよね。一緒に生活する上で会話がなくなるとかもよく聞きますし。ではこれで五つですね。はい、じゃあ何か思いつきました?」
「何が?」
「そのイメージに合う動物とか植物ですよぉ〜! 図柄考えてたんですよね?」
「あ、あぁ、そういうこと? てっきりミヤが興味本位で聞いてきたのかと」
「それもありますけど、ちゃんと色々考えてるんですよぉ〜!!」
(このイメージで連想するもの、かぁ)
自分が挙げた好いてる部分がいまいち統一感がないため、結局ジュリアスのことを思い浮かべて考える羽目になったマリーリ。
だが、ずっとジュリアスのことを考えていたからか、なんとなくジュリアスのことをイメージしやすくなった気がしていた。
「鷲にしようかしら」
「鷲、ですか。なるほど、いいんじゃないです? 男性には人気の柄ですし。でもマリーリさまが鷲の刺繍なんてできます?」
「それは……頑張るしかないわね」
「ふふ、私もできる限りお手伝いしますね」
「ありがとう、ミヤ」
さて、できましたよ、と綺麗にまとめられた髪。
なんだかんだでミヤの髪結の技術はピカイチなのだ。
「髪結になれそうな出来栄えね」
「ありがとうございます。でも私はマリーリさまの髪を触るのが好きですから」
「そ、そう? ありがとう」
「もう、そうやって照れるところが可愛らしい!」
「こら、ミヤ! また髪が乱れる!!」
また勢い余って抱きしめようとしてくるミヤを制すマリーリ。
そして、刺繍のデザインを図面に起こすためペンを握り締めると、脳内のイメージのままに紙にペンを滑らせるのだった。
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