第3話 まさかのプロポーズ
「落ち着いたか?」
近くの川辺で顔を洗う。思いのほか泣いてしまったせいか、目蓋は腫れてとても重かった。目を開けるのでさえやっとという感じで、今最高にブサイクだと思うとマリーリはまた気が滅入ってくる。
「えぇ、おかげさまで」
「それはよかった」
「ジュリアスに泣き顔を見られるだなんて、一生の不覚だわ」
ぶつぶつとそう溢せば、「今更だろ」と笑われる。
今日のジュリアスはよく笑うなぁ、と思いながら、マリーリは彼をぼんやりと見つめた。相変わらず中性的な整った顔である。ブランほどではないが、きっと騎士の中では上位に来るほどの顔立ちだ。
普段は無愛想だし、知らない人や気心の知れた人物でないと何も喋らないというのが欠点ではあるが。
「どうした? 俺の顔に何かついているか?」
「いえ、別に。昔と変わらないなぁ、と思っただけ」
「そうか。まぁ、マリーリも変わってないけどな」
「そ、そんなことないわよ! 最近は化粧だって頑張ってるのよ? 美容だって……」
言いながら、それは全て結婚式のためだったということを思い出して、気持ちが萎んでくる。
自分から恋をしたのがきっかけの婚約だからと私は私なりに彼を愛し、愛されるように努力していたつもりなのに、とマリーリはブランのことを想ってまた泣きそうになる。
(まさか、あんなことを思っていただなんて。しかも、よりにもよって相手がキューリスだなんて)
信頼していた人物が二人もいなくなったというのはとても寂しいことだった。
こちらから願い下げだ、とあのときは頭に血が上ってそう思っていても、時間が経つと、彼らと過ごした様々なことが思い出されて胸が苦しくなる。きっと全部騙されていたのだろう。今までの彼らとの思い出が全て嘘だったと思うと、もうマリーリは何を信じたらいいのかわからなかった。
「そういえば、こうして話すのは久しぶりだな」
「そうね。……って、ジュリアスが私に何も言わないで勝手に寄宿舎に行ってしまったからでしょう?」
「まぁ、確かにそうだが」
いつの間にか家を離れて寄宿舎へと入ってしまったジュリアス。事前に連絡などもなく、いつも一緒に遊んでいたジュリアスが突然いなくなってしまったことに、マリーリはとてもショックを受けたものだ。
両親からはジュリアスは二男だから爵位を継げない以上それが当たり前だと言われたが、なんだか仲良しの友人がどこかに行ってしまうという寂しさと裏切られたような切なさをマリーリは感じていた。
しかもたまに寄宿舎から帰ってくることもあったらしいのに、それを知るのは毎回事後報告で、こうして顔を合わせて喋ったのは本当に久しぶりなのだ。
当時は自分と顔を合わせたくないからではないか、嫌われてしまったのではないか、と悩むことも多々あったのだが、今すんなりと話すことができて、あの悩みは杞憂だったのかもしれないと思えてくる。
「なぁ、マリーリ。ブランとの婚約を破棄してどうするんだ?」
「そんなの、……知らないわよ。でも、どうしようもないじゃない。私のことが好きなわけでもないのだし、ただうちの資産だけが目当てだって言うのだから、お父様がきっと別の方との婚約を考えてくださるでしょう。今度はどこか……まともで浮気をしない、それなりの爵位の人との縁談を取りまとめてくれればいいのだけど」
「だったら俺ではダメか?」
「んー、って……はい?」
思いもよらぬジュリアスの言葉に思考が停止する。
今、目の前の彼は何て言ったのだ? とマリーリは大いに戸惑った。
「ジュリアス、今何て言ったの?」
「新たな縁談は俺ではダメなのか、と」
「正気? ねぇ、意味がわかってて言っているの? もしかしてお酒に酔っているとか、実は熱があるとかじゃなくて?」
「そういうんじゃない。お前……マリーリと結婚したいと言ったんだ」
「そんな嘘よ。ジュリアスが私と……?」
「嘘じゃない」
ジュリアスの言葉が信じられなくて、困惑するマリーリ。幼い頃は確かに仲が良かったが、それがいきなりなぜこんなことに……? と都合のいい夢でも見ているのではないかと頬をつねるが、痛みで顔を歪めた。
(現実なの……?)
未だに信じられなくて、目の前の彼をまっすぐに見つめる。すると、強い眼差しで見つめ返される。
あまりにその瞳が情熱的で、マリーリは羞恥で頬を染めると、そわそわと焦り出した。
「だ、だって、私……可愛くもないし、じゃじゃ馬で気が強くて、さっき婚約破棄したばかりなのよ? そ、そもそも、ジュリアスはまた寄宿舎に戻るんでしょう? だったら、いくらなんでも結婚だなんて無理よ」
「それが実は、先日の遠征で武勇をあげたことによって俺個人で伯爵として地位を得て、この近辺の領土を任されることになった。だから、マリーリにはそれについてきて欲しい」
「そんな、いきなり。冗談でしょ?」
「俺が冗談を言う男だと思うか?」
「それは……」
ジュリアスは昔から生真面目な男だった。
多少マリーリに対してからかうことはあれど、騎士として実直に成果を上げているというのは母からも聞いていたし、冗談を言うことはあれど、嘘の類は彼の口から聞いたことなどはなかった。
だからこそ、こうしてマリーリは自分のキャパシティを超えた出来事を処理できずにおろおろとしているのだが。
「本当、なの?」
「さっきからそう言っている」
「でも、何で……?」
「それは……、伯爵の位を持つ上でも伴侶がいた方がいいだろう、と陛下に言われていたし」
「陛下に……」
陛下に言われたから、という言葉にピリッと胸に小さい痛みが走った。
陛下に言われたから、という理由が彼らしくて笑ってしまうが、同時にそれが理由なのかとどこかで落胆してしまっているのも事実だった。
(そうよね。私が好きだから、とかなわけがないわよね。見知っている手頃な女がいたから、とかきっとそんな理由よね。私ったら、何を期待してたのかしら)
「俺と結婚したら、バルムンクにも乗り放題だぞ?」
「バルムンクに乗り放題……っ」
「なんだったら、マリーリ用に新たな馬を買ってもいい。そうだ、射撃場も作ろう。家では禁止されていたのだろう?」
「うぐ……っ、なぜそれを」
「キミの父上からよく話を聞いていたからな」
(何よそれ、そんなの聞いていないわよ!)
勝手に情報漏洩させていた父に憤りながらも、マリーリにとって魅力的な提案ばかりだった。
「浮気、しない?」
「陛下……いや、キミの父上に誓って」
「約束は守ってくれる?」
「約束の内容にもよるが、出来る限りマリーリの希望に寄り添うようにしよう」
「じゃあ……今、私にキスできる?」
最後は冗談のつもりだった。
こんなじゃじゃ馬で気の強い私を生理的に拒絶しないかどうか試すだけのものだった。
(ふふ、困ってる)
内心ニヤニヤしながら、「手でもいいわよ」と提案しようと口を開いたときだった。
「ん……っ! んんんん……っふ、ぅ……んむ」
力強く抱きしめられたかと思えば、唇が重なる。まさか本当にキスされるだなんて思わなくて目を白黒とさせていると、ゆっくりと唇が離れた。
「これでいいか?」
「……え? あー、そうね。うん、いいわ」
「そうか。では、マリーリの自宅に行ってお父上に交渉せねばな」
「そ、そうよね。まずは婚約破棄のこともお父様に伝えなきゃだし」
頭が真っ白になりながら、マリーリは適当に相槌を打つ。初めてのキスは頭がほわほわして、胸が甘く苦しいものだった。
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