四十四話 真実

 ミリの入院する病院を後にしたカイトはセレカティアと食事を終え、事務所に帰ってきた。

 セレカティアとの食事は大変この上なかった。前向きに切り替えてくれたと思っていたが、すぐには出来るわけもなく、料理を食している間は常に涙目だ。泣き止み、少し会話しても、思い出しては泣きべそをかいてしまう。事情の知らない人間からすれば、ただの情緒不安定の少女だ。

 帰路に着く彼女の後姿は哀愁漂うものだったが、今後の立ち直りを期待するしかない。

カイトは事務所のドアを開き、中に入ると、雲一つない空に昇る月を見上げながら、クリスが椅子に座っていた。コーヒーを飲み、一呼吸起き、こちらを振り返ってきた。

「おかえり。遅かったじゃない」

「あぁ、セレカと店で食べてた」

 ソファに座り、こめかみを揉む。

 その動作に察したのか、クリスはカップをテーブルに置き、頬杖をつく。

「どうしたの?」

 どうせ分かっている癖に、と舌打ちする。

「……知ってたんだろ? 元の体に戻った後のこと」

「ちゃんと戻してあげたんだ」

 そう言い、息を吐く。

「質問の返答しては、イエス」

「何でそんなこと知ってた? こんなの前例にないようなもんだろ?」

「そりゃ、私しか知らないもん。報告もしなかったし」

 生きていながらミストになった誰かが以前にも居たが、彼女が還し屋内に報告せず、自身のみで解消してしまったということか。

「……その前のやつってのは誰なんだ?」

「カイトも知ってる人よ」

「なに?」

「三番の奥さん」

「三……あ、あの人か……」

 クリスが番号で並べているコーヒーの中でも一番のお気に入りとなっている豆を売っている店の夫人だ。店主は元還し屋 だが、夫人はミストについて知らない。還し屋関連の話になると何も言わずに席を外していた。

以前にもそのような事があったのも驚きだが、身近な人が生きてミストになっているとは思わなかった。

「店主は知ってんのか?」

「知らない。二人が出会う前だもの」

「……それはいい。本題はここからだ。なんで教えなかった?」

 クリスが自分達に教えてくれれば、対処が変わっていたはずだ。記憶を失う事を知っていれば、覚悟も出来た。セレカティアもあそこまで落ち込む事はなかった。

 クリスは頬杖を着くのを止め、腕を組んで背もたれに凭れかかる。

「教えたら、どうしてた?」

「そりゃ、覚悟は決めてたさ」

「そう思うのは、事後だからよ。前から知ってたらあなたはともかく、セレカは嫌がったはず。天才とか言われても、中身は子供だしそれに、あなたは嫌がる事はしなくても、よそよそしくなると思うよ」

「それは……」

 否定出来ない。

 元の体に戻れば今までの記憶がなくなる。だとすれば、それ以上の関わりは無駄だと考えてしまう。現に、自分の事を忘れてしまったミリを見て、以降の関係をセレカティアに託そうと考えていた。本来、会う事のなかった者同士だったから。

「そうなったら、ミリちゃんが可哀想よ。たとえ、忘れてしまっても戻るまではミリちゃん。ミリカ・ハイラントじゃない」

「だから、クリスはミリに深く関わろうとしなかったのか?」

「……えぇ」

「ずるいな。……いや、奥さんで経験済みだな」

 経験したからこそ、同じ経験を避けたかった。クリスの気持ちもとてもわかる。

「奥さんとどれくらい一緒だったんだ?」

「四ヶ月くらいかな。流石に落ち込んだわ」

「……そうか」

 自分やセレカティアがミリと共に過ごしているのを、どのような心境で見ていたのだろう。しかし、それは聞く事は出来なかった。彼女の目が当時の事を思い出しているように細められていたからだ。口に出させると、それを蘇らせる事に繋がってしまう。

「これからはどうするつもり? また会いに行くの?」

「……いや、そういうのはセレカに任せる。俺とミリは元々会わねぇ関係だったしな」

「後悔はしない? 私みたいに一から作る事も出来るわ」

「しらねぇ男に言い寄られるなんてあいつは嫌だろ。だから、俺はこれでいい」

「そう……」

「あぁ。じゃ、帰る。散々働いたんだ。明日と明後日は休みもらうぞ。特に仕事入ってねぇんだろ?」

 カイトはソファから立ち上がり、大きく伸びをする。

「あと、その目も直してもらってこいよ。俺だけ動くなんてごめんだからな」

「はいはい。三日後から再開ね」

 彼女の言葉を聞き、事務所から出る。

「カイト」

 その時、クリスに呼び止められ、動きを止め、振り返らずに耳を傾ける。

「ごめんね」

「……お互い様だ。おやすみ」

 カイトはそう言い残し、ドアを閉めた。

月夜に照らされる街を歩く。

 一ヶ月と数日。普段ならば、一月などあっという間で過ぎ、特に大きな変化など起きない期間だ。

 だが、ほぼ毎日ミリと共に過ごしてきた日々は同じ月日の中では格段に違ったものだった。

 毎夜、話をしながら着く帰路。

 もうそれは出来ない。

 静かな街も気持ちいい。

 帰り道は今までで一番つまらなく、寂しかった。


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