17歳のわたしは11歳?
第1話
障子の外に見えるサツキはすでに見頃を終え、くたびれた色に変わっている。近日中には庭師が剪定に来るだろう。来年のために要らない枝を落とすのだと聞いたことがある。
サツキは枝葉を鋏で落とされても生きているが、人間の場合だとそうはいかない。刃物がこの身を刺せば、もう明日の命さえないのだ。
――だがまれに、
そう考えごとをしていると部屋の外からパタパタと足音がする。この足音はお母様だ。
静かに、すぅと開いた襖のそこにいたのは案の定お母様である。
「調子はどう? 良かったら
時代が時代なら武家の姫だったというお母様は流行に敏感だった。短髪にパーマネントを当て、唇には赤い紅をさして私の部屋に顔を出す。お母様は
帯できゅっと締める感覚に背筋が伸びるのだが、洋装というものにはそれがない。いつも緩々としていて気もそぞろになる。
お母様の後ろについてお母様の部屋に行くと女中の
「藤花お嬢様には桃のジュウスをご用意しております」
「ありがとう」
私もお母様と同じ紅茶で良いのに、と思うのだが、今の私の年齢は十一歳。この時は甘い果物のジュウスが大好きだったので仕方ない。
「いただきます」
ジュウスの注がれたグラスに口をつけると桃のとろりとした甘みが喉を通る。冷たくて甘くて、瑞々しい。
「藤花ちゃん身体の調子はどう?」
お母様にそう聞かれて一瞬悩みながら首を傾げ、ああと思い出す。そういえば私は数日間高熱で寝込んでいたらしいが私にその記憶はない。
「もうすっかり良くなりました」
「まあ、良かったわ! 神田様の御守が効いたのね!」
神田様というのは神田神社の事である。初詣や厄祓いの時によく行く神社だった。なかなか目を覚まさない私を心配してお母様は神田様の所へ毎日通っていたらしい。その時の御守は寝台の横にある。
「今日は藤花ちゃんがいないからお買い物つまらなかったのよ! そうだわ見て、素敵なクローシェのお帽子があったのよ。今度は藤花ちゃんにも可愛い靴とお帽子を買ってあげるわね!」
そう言ってお母様は立ち上がると今日の戦利品を私に見せるのだが、私は頭の中で次にお母様と出掛けるであろう未来を想像して身震いした。
きっと着せ替え人形よろしく、色んなものを試着させられるのだ。新しい反物や生地が入荷したと聞けば、それをご自分と私に合わせてみて、目に留まる生地があれば今度はカタログを見て誂えたい
まあ目に止まった物を全て買うよりは良いのかもしれないが着せ替え人形の気持ちにもなって欲しいものだ。
ジュウスを飲み終え早々にお母様の部屋を退室するが自室は隣だと言うのに戻るまでの短い距離を心配そうにお母様が着いて来る。寝台に横になるのを見届けてお母様は戻って行った。
体調を崩しただけでこれほどに心配する母だ。私が死んだとしたら、どれほど悲しむだろうかしれない。
――そう、あの日。私は死んだ。
私は十七の歳に殺された、……はずだった。
寒空の下、見知らぬ男に腹部を刺されたのをよくよく覚えているし、あの痛みの感覚や恐怖だって思い出すことが出来るのに。それなのに死んだはずの私は生きていた。いや生き返ったというべきなのだろうか。
目が覚めた時、私は自室の寝台にいた。いつ家に戻って来たのだろうと思いながら身を起こすと、何かがおかしいという気持ち悪さと、何かが違うという違和感があった。
見下ろす自分の手の平はこんな大きさであっただろうか。少しばかり身体が小さくなってはいないだろうか。その身体はどう見ても十七歳のものではなく、幼く感じる。
一体私の身に何が起きたのだろう。
状況を理解出来ない私に側には、連日連夜付き添っていたお母様がいて『ずっと寝込んでいたのよ』と泣き笑いの顔で教えてくれた。
どうやら十一歳の誕生日を迎えた翌日から数日間高熱で生死を彷徨っていたらしい。どうしてなのか分からないが不思議な事に六年前に戻っているようであった。
十七歳で殺された私は前の記憶を持ったまま、十一歳の幼い子供になり目覚めたということなのだが、これは一体どうしてなのだろう?
死の間際、神様にお願いした事が聞き届けて貰えたのだろうか。
『ああ、神様。もう一度わたしに命をください。願わくは安穏な人生を送りたい……』
あのような願いを神様は聞き入れて下さったと言う事だろうか。……まさか、そんな事が本当に有り得るのだろうか。
摩訶不思議な事態をすんなり受け入れる事は出来ず、私はひとりこの状況に悩み頭を抱えながら、二度目の人生が始まる。
これは神様が与えてくださったやり直しの人生。もう間違える事は出来ない。
人生の選択は二度と間違えてはならないのだ。
そもそもどうして私は殺されたのだろう。なぜ十七歳という若さで殺されなければならなかったのかを考えなければならない。
二度目の人生こそは幸せを謳歌したい。一度目と同じ轍は踏まないようこの先の人生を吟味した上で慎重に生きて行かねばならないのだから。
私は十七歳で死にたくはない。
願わくは、皺くちゃのおばあちゃんになって老衰で死にたいものだ。
間違えても殺される人生なんて御免である。あのように痛い思いは二度としたくない。
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