第三話 ウミガメのスープ

 ≪作者による挿入文1≫

 『ウミガメのスープ』の途中ですが、ここで小説の腰を折らせていただきます。

 前作である『叙述トリック談義 その一』を読破した方なら、この挿入文はご存じのとおりでしょうから。

 要件は一つ。そう、今作も同様今まで読み進めてきた文章にも叙述トリックが仕掛けられていました。読み返し地点も同様、二つ用意してあります。ここと、もう少し先。


 今回もちゃんと当てられるように作ってみましたが、それでも難易度を下げる方は、このページの最後までお読みになって結構です。

 ――では、引き続き『ウミガメのスープ』をお楽しみください。


 ☆


 かなり難易度が下がります。注意!


 ☆



「――なんで!」興奮した彼女は不意に立ち上がって声をあげる。

「私がいったシチュエーションでも合ってるでしょ!」

「まあ、合ってるには合ってるんだが……」

 俺は少し慌てた。ここ、ファミレスなのに……と周囲を窺うと、やはり彼女の甲高い声で完全に周囲の注目を集めてしまっている。


「まあ、取り敢えず座れって、ほら」

 見渡してみろ――と目で動かすと、遅れてレイアも首を回す。

「……むう」

 ようやくここが衆人環視の場所で、かつ自身が目立っているらしいと考えたためか、すごすごと椅子を引く。

「『ウミガメのスープ』の正解はあくまで出題者側の想定に収めることだ。レイアの答えじゃ、丸は貰えないかな」

「……やる気なくした」

 ずーんとテーブルに突っ伏す。茶色のアザラシがテーブルに横たわるように。こいつ……

 俺は空咳を一回。そして慰めるような声をかける。

「もうひと押しなんだけどなー」

「……ほんと?」

 アザラシが顔をあげた。

「ああ、あともうちょっとで――」

「ならやる!」


 彼女の頭に再びエンジンがかかったらしい。こういうのは扱いやすくていい。

 気を取り直して、彼女による質問攻めが再開した。

「えーっと、その容器はゴミでいいんだっけ?」

「イエス」

「あ、これは合ってるんだ……」

 やはりさっきは勘だったらしい。まあ運も実力のうちって言うし、大目に見てやろう。

「ゴミだったから彼女は飲めなかった?」

「イエス」

「何が違うんだ? ――あ! 彼女は公園にいる?」

「ノー」

「ふむ、“where”が違うんだね……場所の特定は必須?」

「イエス」

「――と言っても、場所とか千差万別あるしなぁ……あとに回すか」


 レイアの判断はいい線いっている。他の問題によっては質問の優先率が変化するのが水平思考の良い所だ。“where”特定のためにしらみ潰しに質問してもいいが、この問題の場合はやや悪手よりになる。なぜなら――


「ペットボトルの中身は入ってるんだよね?」

「イエス」

「空のものや飲みかけのペットボトルでは成立しない?」

「イエス」

「中身が入っているのが重要?」

「イエス」

「……ゴミだけど、都会とかのポイ捨てされたものじゃないな」

 ――お? 気づいたか?

「ペットボトルには、水のみが入ってた?」

「うーん……質問に困るなぁ」

「あれ……じゃあ、毒物が入っていた?」

「ノー」

「容器の中身は液体?」

「イエス」

「水?」

「……イエス」

「なるほど、『これ』だな」すべてが分かったような顔で口元を歪める。


「その水って我々が思っているような水でいい?」

「ノー」

「そう……つまり、中身は“海水”だね?」

「イエス」

「ペットボトルは海の漂流物だった!」

「――まあ、ここまででいいでしょう」

「やったー!」

 満面の笑みを浮かべ、彼女は座席で飛び跳ねた。

 衝撃で彼女の黄色いバックも席から落下し、俺の足元付近に転がった。手を伸ばし、拾う。



 ☆



「へえ、即興にしてはやるね、ツムギ」

「喜んでいただけたならどうも」

 レストランを出て、駐車場へ行って車を出す。今度は俺が運転席だ。

 俺の問題に勝利したという高揚感で満たされたらしいレイアは、お気に入りのミュージックを流しつつ助手席で明るげな感嘆を発した。

 目線は自分の手元に向けられており、俺のスマホが握られている。画面には俺が打った文章、要するに先ほど出題した解説文が映し出されているはずだ。


『女はボランティア。週に一回・二時間だけゴミ拾いをする、非営利活動に参加している。

 今回は季節柄砂浜に打ち寄せられた漂流物を集めることになったのだが、季節は夏だったため、足元の熱砂と強い日射に耐えきれず、ひとまず岩場のほうに避難することにした。

 喉が渇いているが、持参していた物はゴミ袋とトングのみ。たしかに近くには飲料用ペットボトルがあるのだが、さすがにそれを口にする気は起きなかった。海に捨てられた漂流物だからである。

 中身は入っているが、海水なのでさすがに飲めない。

 よって女は解消できぬ口渇感を我慢するしかなかったのである。』


 最大の肝はレイアが気付いた通り“where”の特定。

 たしかにレイアのシチュエーションでも当てはまるだろうが、これは『ウミガメのスープ』、パズルだ。出題者の想定に当てはまる状況まで言い当てなければこのゲームは終結しない。場所はなんでもいいという都合の良い展開なんて“なし”なのだ。

 じゃあどうやって当てるのか? 当てずっぽうで場所の環境・地名を言っていっても良いだろう。その質問が悪手でも質問しない手はないのだから。でも、『水の入った容器』に着目できれば無駄な時間をかけなくて済む。

 他に比べてこれだけかなりあいまいな表現をしている。

 なぜ『水筒』ではなく、『飲料水の入った容器』でもなく、『水の入った容器』なのだろう? これでは中身が入っているということしかわからない、もしかして……? そう思考を働かせるとこの『水』に仕掛けがあるのだろうという考えが浮揚してくる。


 あとはレイアのやった通りだ。まあ、よく煮込んだスープ――難しい『ウミガメのスープ』の問題のことをこう表現したりする――は、この言葉の綾を複数使って解答者の質問をあらぬ方向に行かせることが多い。逆に解答者が玄人であれば、“逆張り”を多用し、瞬時に解いてしまうこともある。かといって直球も良くないし、入れすぎもよくない。

 つまり、良いスープを作るには解答者によって臨機応変に変えなくてはならないのだ。

 

「ねぇねぇ」

 ルームミラー越しにレイアが呼び掛けてきた。「褒美欲しいんだけど」

「何の」

「だから、さっきの問題の。――旅行しよ、旅行!」

 俺を連れ去って何かのゲームをやると、レイアはこのように旅行をせびってくる。

 文字の通り観光旅行だ。日本好きなレイアは、日本人の俺を拉致り、観光旅行をせびってくる。別の友達に頼めばいいのに、と思っていつもは「勝手に行けよ」とか「今月は金がない。無理」と断っていたが……今回だけは不意を突いてみるか。

「ふむ、じゃあ一緒に旅行するか」

「ああ、やっぱり? お金ないもん――え?」

 レイアが予想通りの顔を浮かべる。

「今、何ていった?」

「旅行するか、といった」

「――明日は槍が降るかも……」

「かもな。そろそろまとまった金が入るんだ。旅行一回分と……」


 ――俺と、お前の分のな。目で合図を送ると、彼女の顔が際立って明るくなった。

 俺がこう発言したのは単なる気まぐれではない。確かにゲームクリアの褒賞として――というのもあるが、なんといってもさっきバックを拾ったからだ。

 拾うとき、中身が見えたのだ。かなり読み込んでいるのだろう、捲りすぎてページの端がよれてしまった雑誌たちが……。


 良い感じに信号に捕まったので、隙間時間を利用して会話する。

 どこに行きたい? ――と尋ねるやいなや、レイアは自分のカバンを漁りだし、予想通りの物を取り出した。

 三冊を扇状に広げ、あおぐように見せる彼女。扇子の面はやはり発色の良いインクを用いた冊子だ。複数ある。それぞれの風景写真の上に文字が横たわっている。目で追った。

『京都・奈良』 『北九州・指宿いぶすき』 そして『〇ィズニーランド』――どれも定番だな。


「どれでもいいのか?」

「うん!」

 こういう時だけ俺に全幅の信頼を寄せる彼女。

 ほんとうに大学生か?――と、年齢に疑問を持ってしまうな。とはいえ……、 

「……どれでもいいって言ってもなー」

 どれも定番どころではあるが、こうも突き出されると俺も迷ってしまう。


 まずは『京都・奈良』。ここは高校の修学旅行で行った。

“言わずもがな”な神社仏閣が所狭しに並ぶ京都と、鹿と大仏しかない奈良は外国人なら見逃せない。定番中の定番だと言える。“日本に観光するならここだけは外せないランキング(外国人観光客版)”で数年間不動の一位を誇る伏見稲荷大社も忘れてはいけない。

 唯一のデメリットは、長すぎる所要時間の割に合わないくらい、いつも混んでるという点。

 特に伏見稲荷は早朝に行かないと人ごみにウンザリしてしまう。――オリンピックが始まったらあそこはどうなるんだ?


 『北九州・指宿』も定番と言える。北九州であれば博多と長崎は外せない。博多なら中州や太宰府天満宮、長崎ならハウステンボスと原爆資料館、そしてグラバー園。

 指宿は確か砂風呂が有名だったはず。数年前の記憶をたどればそんな経験をした気がする……。

 そして『〇ィズニーランド』。これも言わずもがな。だが、よりにもよって……ランド?

「ランドの方?」

「うん」

 念押しした。「“シー”じゃなくて?」

「うんランド」

 珍しいな。

 たしか“ランド”はファミリー層向けの、比較的穏やかなアトラクションがメインだった気がするが。帰ったら調べてみるか、と思っていると――、


「あ、ちょっと、ちょっと!」

「んあ?」生返事気味な声を出す俺。

「ツムギ前! 緑! 緑!」

 ――緑? と、疑問に思った俺を見て、指先を素早く動かしていた。

 餌に釣られる魚のように前を向くといつの間に青になっていた。運転席でようやく事態を把握した俺は急いでアクセルを踏む。気づいたように車は急発進した。

 ミラーで後続を確認するが、幸い車はなかった。

 ……。


『彼女が“緑!”と叫ぶと、男は“青”だと思った。』――うん、いい『スープ』になりそうだ。


「なににやけてるの?」

 レイアが聞いてきた。適当にうそぶく。

「車の少ない田舎で助かったなぁ、と」

「――うそつき」不服そうに膨らんだ。

「じゃ、これで勘弁してよ」

 不機嫌になると俺が困るので、意表を突く。一瞬視線を外して手を伸ばし、彼女の扇子を壊した。三冊のなかで一番よれていた観光雑誌を取って、見せびらかすように本を振る――。

「わざわざ三択にしやがって……。どうせ『ここ』に行きたいんだろ、『ここ』に」


 すぐに機嫌が良くなった。

 小さな口元を曲げながら小声で呟く。顔を隠すようにそっぽを向いて、

「イエス」







 ≪作者による挿入文2≫


 読み返すならここで最後です。

 一通り読み返したのなら、次ページに進んでいただければと思います。

 一部の読者があっと驚く表情を、今作も作者はひそかに期待しております。


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