27「取引のようです」②
「だが、君は特別だ。兄弟の中で一番強く、一番優秀だ。悪いことは言わない、僕の駒になりなさい」
男は顔を歪めた。
きっと笑ったつもりなのだろうが、ヴァルザードには男がひどく不気味に見えた。
「家族の命は保障しよう。君が従ってくれるなら、ここに顔を出さないと約束もしよう」
「本当か?」
「約束は必ず守ろう。役目さえ果たしてくれれば、君たち家族の行く末など興味がない」
「……ママのことはどうするんだ?」
「オクタビア? もしや、君は、僕があの程度の女を本気で愛しているなどと思っているのかい?」
「少しくらい、ママに思うことはないのか?」
「感謝はしているよ。穢らわしい魔族の分際で、僕と女神のために文字通り身を削って奉仕したんだ。彼女の今後が幸せな日々であることを祈っているよ」
顔を歪めたまま男は祈る仕草をした。
その光景はひどく醜悪だった。
「お前は、僕たちよりもよほど魔王にふさわしい」
「ははははは。僕は人間だよ。魔族になんてならないさ。しかし、わからない。君のように生まれながら魔王ならさておき、なぜサミュエル・シャイトは人間から魔王に至ることを考えたのだろうか? そもそもただの人間でしかない彼が、なぜ魔王に至れたのか、本当に疑問だ」
「なにを言っているんだ、魔王になることなんて簡単なはずだ!」
「いや、それは違う」
男はヴァルザードの瞳を覗き込み、訂正をした。
「君たち兄妹たちを作るのに、何百という命を犠牲にしてきたんだよ。何年も、何十年も、何百年もかけてね。しかし、サミュエル・シャイトは十四歳という若さで魔王に至った。彼、十四年間魔王になるために努力したわけではないだろう。だが、至った。僕は彼が怖い。何をするのかわからないからね」
「あいつのことはどうでもいい。それで、僕に何をしろと言うんだ?」
「いい子だね、ヴァルザード。では、お使いを頼もうかな」
顔をさらに歪めて、男は声を弾ませた。
「――サミュエル・シャイトの最愛の人を連れてきてほしい」
ヴァルザードははっきりとした嫌悪を男に浮かべた。
「人質を取るなんて……くだらない男だな」
「ははははは。君だって、獣人を騙して魔王にぶつけようとしたじゃないか」
「あれは、あれは違う! 人質をとったわけじゃない! ボーウッドくんだって、魔王になりたかったからちょうどよかっただけだ!」
「その獣人が君を恨んでなければいいがね」
「――っ」
「まあ、汚いと言われようと、なんと言われようと、僕のお願いは変わらないよ。そうだ、別にサミュエル・シャイトの最愛の人間でなくても構わない。彼は甘いらしいからね。義理の姉をさらっても、優位に立てるはずさ。確か、名を、エリカ・ウォーカーとか言ったかな?」
「だ、駄目だ!」
ヴァルザードは動揺する。まさか数時間しか一緒にいなかったエリカの存在を知っているとは思わなかった。そして、ヴァルザードの弱点になるとまで把握しているなど想定外だ。
「君は不思議な子だ。一度会っただけの少女に、ずいぶんと入れ込むんだね」
「彼女は巻き込まないでくれ! わかった! サミュエル・シャイトの最愛の人を攫ってくるから!」
「いい子だ。ああ、でも覚悟はしてほしい。サミュエル・シャイトの奥方たちは、エリカ・ウォーカーと親しいからね。恨まれるのを覚悟で望みなさい」
「――お前!」
「家族と一度しか会ったことがない少女など、どちらが大切か比べるまでもないだろう?」
項垂れてしまったヴァルザードの肩を、やさしげに叩く。
「どうするかな?」
「やるよ」
「言葉遣いがなっていないね。やらせてください、お父様、だろう?」
「…………やらせてください、お父様」
「そうか! ヴァルザードならそう言ってくれると思っていたよ! 実にいい息子を持った! そうと決まれば、さっそくお使いに行ってもらおうかな! なに、みんなには上手く言っておくよ!」
「――はい」
血が流れるほど唇を噛み締めたヴァルザードは、男に従うままスカイ王国へ向かうことになったのだった。
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