54「人魚さんを領地に誘いました」②
「父ちゃん! ちょ、嫁ってどういうことだっぺか!」
「どういうこともないのねん。一族のために、長の娘としてサム少年と結婚するのねん」
まさに政略結婚だ。
アプルの文句も理解できる。
サムも彼女に同意しようとするが、
「そんなことわかってるっぺ! 私が言いたいのは、嫁にいった娘が剥製にされたらどうすんだっぺか!」
「しねーよ!」
アプルの気にしているところがズレていたせいで、彼女にツッコミを入れてしまった。
「――運命ねん」
「剥製にされる運命なんてまっぴらごめんだっぺよ!」
「あら、結婚するのはよいのですか?」
オフェーリアがアプルに尋ねると、彼女は頷いた。
「父ちゃんも母ちゃんも親が決めた相手と結婚したっぺ。そこに不満はないっぺよ」
「ないんだ!?」
「問題は、サムくんが私を見る目がやべーから怯えてるっぺよ! いやらしい目で見るなら理解できるのに、そんな好奇心溢れる目で見られたら怖いっぺ!」
「いやらしい目で見られる方がいやじゃないですか!?」
価値観がサムとアプルでは違うようだ。
困った。
領地の視察に行ったら、人魚の奥さんが増えました。――なんてどうリーゼたちに説明していいのかわからない。したとしても向こうも困惑するだろう。
「あ、あの」
助けを求めるように、常識のあるゾーイとジェーンに視線を向けてみるも、ふたりは特に思うことはないようだ。
「あれ?」
町長たちも「これはめでたい!」と喜んでいる。
サムだけが取り残されている気がした。
「サミュエル様。わたくしがそうだったように、立場がある者が政略結婚することは珍しくありません。それに、幸せは結婚で決まるわけではなく、結婚したあとどのような生活を送るかできまるのです」
「……はい」
「わたくしも最初こそ母に言われてサミュエル様との結婚に躊躇いはありましたが、今ではその、幸せになれると思っております」
「あ、ありがとうございます」
頬を赤らめるオフェーリアに、サムはお礼を言った。
サムもオフェーリアとの結婚に関しては戸惑いだらけだったが、こうしてふれあってみて、彼女がいい子であることはわかったし、結婚することに不安がなくなってきたのも事実だ。
(でもなぁ!)
相手が人魚だからではなく、展開が早すぎて、サムの心が対処しきれないのだ。
人魚の存在を知っただけで混乱しているのに、結婚となるとどうすればいいのだろうか。
「アプル様」
「なんだっぺ?」
オフェーリアは任せてください、と話を進める。
「サミュエル様の妻であるリーゼロッテ様より、妻が増える可能性があるからと言われていましたので覚悟していましたが、まさか人魚とは思いませんでした」
「私も人間と結婚することになるとは思わなかったペよ」
「待って、なんでリーゼはこの状況を想定しているの!? あとアプルさんもなんでもう結婚決まったみたいになっているの!?」
リーゼが自分のことをどんな目で見ているのかものすごく気になった。
サムの叫びを無視して話は進む。
「わたくしにできるか不安がありますが、妻候補が現れたら見極めろ、と言われています。そこで、お尋ねしたいのですが――人と子作りできますか?」
「直球! オフェーリアさん直球すぎ! そりゃ微塵も気にならなかったなんて言ったら嘘になるけどさ!」
「できるっぺよ?」
「できるの!?」
「随分、食いつくな、サム?」
「誤解です、ゾーイさん! ていうか、こう言う時だけ声かけるのやめて!」
下心抜きで、人魚と人間の間に子供ができるかどうか、そもそも夫婦として関係が成立するのか気にならないものはいないだろう。
サムだって、気になっているといっても、いやらしい意味でまったくない。
純粋な少年の心で、気になっているのだ。
「ゾーイ様、そこは触れないであげましょう。サミュエル様も男の子なのですから」
「……そうだったな。年頃の男のなら仕方がない。すまなかった」
「その理解ある感じやめて。そっちのほうが辛いです。そんな目で見ないで!」
ゾーイとジェーンの理解ある瞳が辛い。
まるでベッドの下のエロ本が家族にバレてしまったときのようだ。
(急に、生前使っていたパソコンの中身が家族に見られていないか気になるぅ! て、転生したのなら、どこかで見守っているはずの神様が中身を消去してくれているはずだよね!?)
サムがゾーイたちに突っ込みを入れている間に、オフェーリアは身を乗り出して陸に近づいたアプルを凝視している。
サムからはオフェーリアの背中が邪魔で見えない。
「――なるほど、ここがこうなっているわけですね。はい。とりあえず子作りが可能であるとわかりました」
「ちょ、何見ているの!?」
「サミュエル様、さすがにその問いかけにお答えするのはちょっと」
「この子はスケベだべ」
「なんで!?」
急にスケベの称号をもらってしまったサムだが、この状況では否定できない気がする。
「一番の懸念は解消されましたが、陸で生活できないのは厳しいですね」
「できるっぺよ?」
「そうなのですか?」
「その気になれば、大したことないっぺ」
「はぁ。人魚ってすごいですわね」
感心するオフェーリアだが、サムとしては「その気」が気になってたまらない。
一体どれだけ気合いを入れれば、水生生物が陸で生活できるのだろうか。
「あ、あの」
サムが訪ねようとした時だった。
「大変です! 他の町で反乱が起きたそうです!」
「え?」
走ってきた青年が、港に響き渡るような大声を上げた。
サムは耳に入ってきた情報に、困ったことになったと肩を落とした。
〜〜あとがき〜〜
領民たちとの今後はさくっと片づけばいいな、と思っていますわ。
その前に、ギュン子と友也の決着です。
あと、サムサイドでも動きがありますのでお楽しみくださいませ!
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