73「あのお方と枢機卿です」②




 カリアンは困った顔をして、肩を竦めた。


「魔族のせいで生き別れになった娘が、なんの因果かスカイ王国で育ち、王族と愛を育み子宝に恵まれました。しかしまさか、その子が魔王になるとは人の生はなにがおきるかわからないものですね」

「カリアンには申し訳ないが、さすがに魔王はこちら側に迎えることはできない」


 残念そうな顔をする青年に、わかっているとカリアンが頷く。

 カリアン・ショーンには、娘がふたりいた。

 ひとりは、神聖ディザイア国で武勲を掲げる聖騎士だ。そして、もうひとりは、失ったと思われていたがスカイ王国にいた。

 サムの母であるメラニー・ティーリングこそ、カリアンのもうひとりの娘だった。

 だが、カリアンはメラニーと死別したと思っていた。


 密偵を通じて知ったが、娘は波乱万丈な人生を過ごしているようだ。

 幼くして生き別れ、とある夫婦に引き取られるも、その扱いはお世辞にもいいものではなかった。

 一度は、冒険者に扮したスカイ王国王弟と恋仲になるも、ラインバッハ男爵家に嫁がされてしまう。

 それでも、愛した男の子を産み、サミュエルが生まれた。

 だが、平穏は訪れず、側室の嫌がらせを受けて自殺を試みてしまう。

 不幸中の幸いか、後に夫となるティーリング子爵に救われるも、記憶を失ってしまった。しかし、ティーリング子爵の手厚い介護の果てにふたりは結ばれ、娘が生まれる。

 数年後、記憶を取り戻したメラニーとサムは再会し、その後――サムは魔王に至った。


「承知しております。女神様は、人間だけを愛される。守護される。魔族は、魔王は、害悪です」

「とても残念に思うよ。レプシーを倒したときにもっと注意すべきだったよ。さほど気にしていなかったが、まさかカリアンの孫とは思わなかった」

「私もです。本当に最近なのです。もう一人の娘が生きていたと知ったのは。しかし、害悪となってしまったとはいえ、孫の元気な姿を見ることができてよかった。いずれ相対するときは、憂いなく命を奪えます」


 魔族、魔王は敵。

 それは神聖ディザイア国の人間にとって絶対だ。

 たとえ、魔王が孫であろうと、変わらない。

 カリアンがまだただの国民であれば、なにかやりようがあったのかもしれないが、彼の立場は枢機卿だ。


「そういえば、サミュエル・シャイトの奥方たちはみんな妊娠しているそうだ。君はひいおじいちゃんになるね」

「……魔族の子なのか、人の子なのかが気になりますが、今は喜んでおくことにしましょう。もうひとりの娘は戦いばかりで結婚はおろか、よい相手もいませんゆえ」

「悪い子ではないんだけどね。最近、よい縁談があったようだけど?」

「嘆かわしいことで、娘自らが潰してしまいました」

「ははははは。彼女のことは昔から知っているけど、腕白な子だ」

「……三十を過ぎた娘を、腕白な子とすまされても反応に困ります」


 苦笑するカリアンと青年。

 この場の空気が若干和らいだ。


「しかし、不思議なものだね。何の因果か、スカイ王国には昔から勇者、英雄、聖女、そして魔王が集まってくる。何かがあるのかもしれないね」

「女神様の封印があるのでは?」

「いや、足を運んだけど見つからなった。もしくは、今の僕では見つからないように仕掛けが施されているかのせいもあるかな。もう一度足を運んでもいいかもしれないね」


 青年はカリアンに手を差し伸べ、立ち上がらせる。


「話の続きは国へ戻ってからにしよう。かつての誇りと尊厳を失った汚れた国にはもう用はない」

「かしこまりました」

「この国はいかがしますか?」

「レジスタンスが、生き残っていた王族を見つけているようだから、その人物を新たな王にするんだろう。幸いなことに、賢い人間だ」

「それはそれは」

「復興に金と時間はかかるだろうから、神聖ディザイア国も援助しよう。できることなら、この国に女神の教えを広げたい」

「かしこまりました。手配します」

「頼んだよ。あ、でも、そうだね」


 青年は、自分がいる王宮を見回して笑った。


「かつての荘厳さを失い、よく深い人間の象徴となってしまったこの城は善意で破壊しておこう。この国の民も、一から再出発した方がいいだろう」

「では、私めが」

「いや、僕がやるよ。最近、裏方ばかりで力使っていないからね。ここを更地にするくらい、力を抑えていても問題ない」

「では、お任せします――教皇様」


 カリアンは一礼し、虚空に消えた。

 青年だけがひとり残される。


「魔族の隷属化の実験は失敗だったね。魔族には魔族をぶつければいいと思っていたんだけど、聖術を受け入れる器がやはり魔族にはない。せいぜい爆弾扱いだ。僕程度じゃ、オクタビアのようにはいかないね」


 力を与えることには成功したが、その力に魔族が器として耐えられなかった。

 もっとも、魔王を名乗っていた過去があったとはいえ、魔族としては爵位も得られないようなオーウェンでは実験材料として相応しくなかった。


「しかし、オクタビアのおかげで思いがけない戦力を手に入れた。もう少しあの子供たちが成長すれば――魔王たちを殺せるだろうね」


 しばらく時間はかかるだろうが、それは魔王たちにとって猶予である。

 人工魔王が心身ともに成長すれば、魔族もろとも葬ろう。


「女神はいずれ復活する。しかし、それまでの短い時間を楽しむといい」


 青年は微笑み、聖力を高めた。




 ――この日、謎の光によってティサーク国の王宮は完全に破壊された。




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