62「緑竜と戦いました」
サムとエヴァンジェリンが転移した先は、スカイ王国西側国境の上空だった。
「おっと、でっかい竜じゃない。魔力はかなりあるっていうか、魔王級じゃない!? これだから竜はかっこいいんだよなぁ!」
「ダーリン……今は感心している場合じゃねーんだけど。つーか、こいつ、百年くらい行方不明になっていた奴じゃねえか!」
ふたりの眼前には、緑色の巨体を持つ、王道な西洋竜を思わせる個体だった。
全長は二十メートルほどで、翼を広げた姿は、より大きく、より強く見える。
魔力も、緑竜から感じ取れる力も魔王級であり、単純な力比べならサムと同等かそれ以上に思われた。
友也が屑や雑魚と言う、魔王オーウェンがどうすれば調教できるのか甚だ疑問だ。
それ以上に、サムが今抱いている感情は――怒りだ。
おそらくエヴァンジェリンも同じだろう。
その理由は緑竜にあった。
離れていて気づかなかったが、ある程度近づくと、竜が異質であることがわかった。
「これは、酷いな」
調教したとの言葉通り、竜にはいろいろされた痕があった。
まず、両眼が潰されていた。
巨体は鱗の上から負った裂傷が数え切れぬほどあり、明らかに痛めつけられたとわかる。
大きな脅威になるはずの爪は、半分ほど剥がされており、指先はジクジクと膿んでいる。
「オーウェン……雑魚のくせに、いい度胸だ」
サムの隣で、怒りに染まったエヴァンジェリンが魔力を放出した。
「エヴァンジェリン、とにかくあの子を捕縛しよう。木蓮様をお呼びして回復魔法を」
「無理だよ、ダーリン」
「え?」
「あいつ、もう死にかけてるって」
「だけど、竜の生命力なら」
エヴァンジェリンは、残念そうに首を横に振った。
「あいつは、そんなに強い竜じゃねえんだ。それが、気持ち悪いほど強くなっているって、異常だって。私は邪竜だからわかるんだけど、外だけじゃなくて中もぐっちゃにいじられてる」
「……確かに歪な魔力はしているけど」
「きっと死んだほうがマシなほど苦しんでいると思う。ダーリン……殺してやってくれ。私だと、痛くしちまう」
「――わかった」
返事をしたサムは、奥歯を噛み締めた。
力を得ても、こうして救えない者がいることを思い知らされた。
どんな経緯があって、緑竜がこのようなことをされたのかわからないが、オーウェンに対する怒りが湧く。
だが、その怒りを飲み込んで、心を研ぎ澄ました。
「君がどんな竜だったのか俺にはわからない。助けてやれなくて、ごめんな」
サムの声は届いていないようだ。
全力で高めた魔力を右腕に集中させ、絶対に痛みを与えないと決めて解き放った。
「安らかに――スベテヲキリサクモノ」
縦に一刀両断された緑竜が、叫びを上げることなく落ちていく。
攻撃されたことすら気づかず亡くなったと信じたい。
血とは思えない、泥のような黒い液体を撒き散らしながら、地面に激突した竜にサムは静かに黙祷した。
「――ダーリン、ありがと」
「うん」
同じく黙祷していたエヴァンジェリンから感謝の言葉を伝えられたが、サムは短く返事をすることしかできなかった。
明らかに命を弄び、苦しめた元魔王オーウェンに、嵐のような怒りが抑えられない。
「……オーウェン・ザウィード。お前が魔王だろうがなんだろうがどうでもよかったけど、決めた。――お前を斬り殺してやる」
サムは、この瞬間を持って元魔王オーウェンを生かしてはおけない敵として認識した。
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