55「陛下の怒りです」
「陛下、お召し物を」
「よい、汚れてはおらぬ。とっさに結界を張ったのでな……しかし、ここまでするのか」
クライドの眼前には、血溜まりが広がっていた。
中心には、ティサーク国の使者三人が物言わぬ姿で転がっている。
「人を爆発させるとは、実に愚かだ」
目を伏せるクライドの傍らでは、イグナーツ公爵とウォーカー伯爵がメイドや執事に指示を出している。
メイドの中には、人間が血溜まりの中で爆ぜている光景を見て失神する者もいた。
「推測ではありますが、裏切りを防止するような何かを施していたと思われます。気づけず申し訳ございませんでした」
「よい、ジョナサン。私も気づくことができなかった。きっとこの者たちも知らなかったのであろう」
「おそらくは」
「……哀れな」
なぜこのようなことになったのか、というと時間は少し遡る。
ティサーク国がスカイ王国にほぼ侵入同然に入り込み、歓迎していない使者を送り込んできた。
使者の要望は、「サミュエル・シャイトを引き渡せ」という無礼極まりないものだった。
サムは、魔王である前に、スカイ王国の民であり、宮廷魔法使いであり、第一王女ステラの夫であり、亡き王弟の息子でもある。そんなサムを引き渡せと言われ、応じるはずがなかった。
相手側もわかっていて嫌がらせのようにしていた。真の目的は、ティサーク国宮廷魔法使い筆頭がサムを捕縛して攫うというものであったが、なぜか女体化して降伏したようで計画は失敗に終わった。
続けて、使者たちは知らなかったが、魔族がサムに接触したようだ。
考えるまでもなく、一番の狙いだとわかる。
しかし、その魔族も魔王遠藤友也によって無力化され、捕縛されたと聞いた。
同じ頃、王都の外にいるティサーク国の兵たちを宮廷魔法使いデライトが降伏させたと報告もあった。そこで、改めて使者と話をしたところ、彼らは慌てたように降伏と保護を求められたのだ。
――そこまでは、問題なかった。
しかし、次の瞬間、使者たちは醜く膨張し、魔力を放って内側から爆ぜた。
予兆もなにもなく、こちらに取り入ろうと必死に媚び諂い出した途端のことだった。
イグナーツ公爵とウォーカー伯爵が盾になろうと反射的に動いたが、それよりも早くクライドが結界を張ったのでことなきを得たのだ。
威力はさほど強くなかったが、無抵抗の人間ならば巻き込んで命を奪うことはできただろう。
それよりも、謁見の間を血塗れにされたほうが、後始末に困る。
「彼らを葬ってやるべきか、国に送り返すべきか悩ましい。もし、降伏したというティサーク国の宮廷魔法使いが無事ならば、知っていることを教えてもらいたい。連れてくるように」
「――は」
ウォーカー伯爵が返事をする。
ティサーク国宮廷魔法使い筆頭はウォーカー伯爵家にいるようなので、自分が迎えにいくことを選んだ。
下手に部下に頼んで逃しても困る。
まさか、アーグネスが立派なお姉ちゃんになるために訓練中とは思わず、警戒心と緊張を高めたジョナサンが自宅に戻った。
「……しかし、人を爆破させるとは……できてもやろうと思わんのだがな。人の所業ではない。いや、心を持っていたらできぬであろう。私は、このようなことをする者を許せぬ」
人を人とも思わない手段を取った者に、クライドは激しい怒りを覚えるのだった。
そんなクライドであったが、しばらくしてメイド服を装備して媚び媚びなポーズを決めて登場したティサーク国宮廷魔法使い筆頭の姿に、怒りがすっぽ抜け、大いに戸惑いを覚えることになるのだった。
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