45「元魔王がまだいました」
人間たちが暮らす大陸東側の中、もっとも大陸西側に近い場所にティサーク国がある。
数百年前、魔王レプシー・ダニエルズの一撃によってできた大地の裂け目から、濃密な魔力が今も放たれているせいで周辺のモンスターが強化され、独自の進化を遂げていた。
同じく、魔力が大地に伝える影響も大きく、作物が育ちにくく、ティサーク国の東側を開拓することでなんとか食料の生産が可能となっていた。
そんなお世辞にも良いとはいえない立地条件にあるティサーク国は、大いに傾いていた。
王が良き王であれば、周辺国と同盟を結ぶことや、民の声を聞きなんとか国を良くしていこうと考えるものなのだが、残念なことにティサーク国の王は無能だった。
元々は悪い男ではなかったようだが、腐敗し切った貴族たちに囲まれて毒されてしまったようだ。
裕福ではない国ゆえ、王族貴族の欲を満たすのは色欲だった。
民は虐げられ、限界に達していた。
何度もクーデターを起こそうと立ち上がった者たちもいたが、ティサーク国において貴族とは魔法を使えることが条件である。たとえ貴族の長男として生まれても魔力がなければ廃嫡されてしまうほど、魔法使いという存在に重きを置いているのだ。
貴族ではなくとも魔法使いであれば、国に仕えることができる。剣技に秀でていれば騎士にもなれる。そして、国に使えることができれば、虐げられるのではなく虐げる側に回れる。
ティサーク国は時間をかけてゆっくりと腐っていった。
「本当にスカイ王国から新たな魔王を奪うことはできるのでしょうか?」
そんなティサーク国の王宮で、本来玉座に座っているはずの国王マードス・ティサークは、枯れ木のような身体で膝をつきひとりの青年に首を垂れていた。
青年は、背中まで伸ばした紫色の長髪を結い、片目を閉じたどこか気取った雰囲気を持っていた。
「さあ、どうなんだろうね?」
「そんな!? 貴方が新たな魔王を奪えると言ってくださったから無理やり兵を集めて送り出したのです! 我が国には誇るべき魔法使いがいますが、向こうも負けていないのですぞ!」
「あのさぁ、マードス君。僕が君の後ろ盾になってあげているから、クーデターも尽く潰してあげたし、無能な貴族を排除してこられたんだと思うんだけど……そんな僕に文句を言うのかな?」
「い、いいえ、そんなことは! 文句など滅相もございません!」
不機嫌な声を出した青年に、マードスは額を床に擦り付けて謝罪する。
「そもそもさ、僕はスカイ王国に行くなら全戦力連れていけっていたよね? 嫌がらせを兼ねてスカイ王国をぐちゃぐちゃにしてやれって! でも、君は反乱分子を怖がって、僕の親切な提案を蹴った。せっかく送り出した兵も、御行儀がよく略奪ひとつしない。なにこれ?」
青年は苛立ちを隠そうとせず、玉座から降りると平伏しているマードスを蹴った。
床を転がり、咳き込む王を助ける人間はこの場にいない。
「もしかして、スカイ王国に魔王がいるって情報を聞いて怖くなっちゃったとかないよね? 魔王なんて名乗ったもん勝ちな存在でしかないんだよ? そりゃ、それなりに力はないといけないんだけど、今の魔王にどれだけの力があるって言うのさ?」
うめくマードスに青年の声は届いているようだが、返事はない。
しかし、特に気にした様子もなく青年は言葉を続けた。
「ヴィヴィアンは昔っから動かない。遠藤友也はいやらしことにしか興味がない。ロボはそもそも表に出てこない引きこもりだ。エヴァンジェリンなんて人間の男にいいように騙されて魔王を名乗るようなあばずれなんだよ? 比較的まともなダグラスは、あれは秀でた面がない無難な国王だ。唯一、戦力的に恐ろしかったレプシーはもういないんだ! なにに怯える必要がある! 今こそ、魔王が魔王らしく振舞う時代になったんだぞ!」
唾を飛ばして言葉を吐き出しながら、青年はマードスを再び蹴り上げた。
「僕の名前を言ってみろ」
「……げほっ、ごほっ……オーウェン・ザウィード様です」
「僕がなにか言ってみろ!」
「……貴方は、一番の魔王様です」
「よく言えました。そうだよ。僕は魔王。魔王オーウェン・ザウィードだ。一度は、忌々しいレプシーたちに魔王の座を奪われたが、もう恐れる必要はない。改めて魔王として、再び君臨するんだ!」
「ぜ、ぜひ、オーウェン様の国のために、私めを……」
床を這いずり足にすがりつくマードスに、元魔王オーウェンは優しく微笑んだ。
「うんうん、そういう約束だよね。だから、そろそろ僕も国がほしいんだ」
マードスの老いた顔を撫でる。
「だからね、この国をそろそろもらうね」
「――え?」
「暇つぶしに、この国の貴族を煽って民を虐げていたんだ。次に、民を勇気づけてクーデターを起こさせたんだ。そして、僕がこっそり潰して君の信頼を買った。君は僕の言葉通りに、他国を侵略しようとして、失敗し、民の顰蹙を買い続けた。だからね、今この国に必要なのは救世主だと思わないかい?」
「なにを、おっしゃるのだ?」
「無能な王、腐敗した貴族に我慢の限界な民。ここで君を殺し、貴族を殺し、僕が魔王としてこの国に君臨すると聞けば、みんな喜ぶだろう?」
「――そ、そんな」
「ただ残念なことがあるとしたら、もっと領土を広げて欲しかったよ。やっぱり人間は愚かで弱い愚図だね。僕のための領土を広げることさえできない」
オーウェンは、絶望を貼り付けている老いた王の顔を鷲掴みにして、力を込めた。
次の瞬間、耳障りな音が響き、血飛沫が撒き散らされた。
真っ赤に染まったオーウェンは、汚いものを浴びてしまったと不愉快そうに顔をしかめると、頭部を失ったマードスの身体を蹴り飛ばして窓の外に捨てた。
「僕から魔王の地位を奪った奴らに復讐だ。あのお方から授かった力で強化された僕ならば、もう人間など利用しなくてもいい!」
元魔王オーウェンは、現魔王たちへの復讐を始める決意を固めた。
〜〜あとがき〜〜
9/30発売の第2巻のカバーイラストを近況ノートにて公開致しました!
ぜひご覧ください!
9/2はコミカライズ2話の公開です!
こちらもぜひお楽しみに!
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