41「不幸な人が来ました」③




「――なんてことだ! この私が、絶世の美少女になってしまった!」


 手鏡を見て叫んだのは、変わり果ててしまったアーグネスだった。


「おい、こいつ、喜んでるぞ。さくっと殺してやれ。きもいから」

「待て待て待て! いや、お待ちください!」

「あんだよ」

「どうか、お命ばかりは! せっかく美少女に生まれ変わったのですから、第二の生を謳歌させていただけないでしょうか!」


 土下座し、懇願するアーグネスから、エヴァンジェリンは一歩引いた。

 まさか偶然女体化させてしまったが、こんなにも喜ばれるとは思わなかった。

 スカイ王国の外にも変態っているんだな、人間って怖い。などとエヴァンジェリンは思うも、そこは魔王だ。人間に怯えてばかりではない。


「都合のいいこと言ってんじゃねえよ! ダーリンを拐おうとしただけでもぶっ殺したいのに、てめぇは奴隷相手に好き勝手やってたらしいじゃねえか!」


 腕を振り上げるエヴァンジェリンに、アーグネスは顔を庇った。


「顔はやめて! せっかくこんなに美しくなったのに!」

「僕の方が美しいがね!」

「変態は黙ってろ!」


 ギュンターが負けじと、白い歯を光らせるが、エヴァンジェリンは振り向きもしなかった。

 ちょっと落ち込んだギュンターの肩を、ダグラスが叩いて慰める。


「――その女は俺たちが預かろう」

「預かるぞ」

「はぁ?」


 魔王たちに遠慮して見守っていたダニエルズ兄妹が声を上げた。


「この男から、いや、女からは、とても強い妹力を感じる」

「ビンビンだぜ!」

「……また始まった。こいつらもこいつらでおかしいんだよなぁ」

「アーグネスと言ったな。お前、姉がいただろう」

「いただろう?」

「――っ、な、なぜそれを」

「いたのかよ! つーか、なんでわかるんだよ!」


 姉がいた事を当てて見せたダニエルズ兄妹に絶句したエヴァンジェリンはもしかして友也が教えたのではないかと伺ってみるが、違う、と首を横に振られてしまう。


「……あ? お前ら、今、姉がいたって言ったな? いる、じゃねえのか?」

「彼女の妹力を見る限り、姉が亡くなっている事は把握できている」

「残念だな!」

「こわっ! こいつら、こわっ!」

「……どうして、どうして姉のことを」


 姉を思い出したノア、アーグネスが辛そうな顔をした。


「姉は若くして亡くなったようだな。お前はそのことをずっと気にしていた。いや、今のお前を作るきっかけになったのだろう」

「辛い過去のせいで、嫌な人間になっちゃったんだな」

「――そこまでお見通しとは……ははぁ!」


 見透かされたアーグネスは、ついに平伏してしまった。

「え? なにこれ」とエヴァンジェリンが困惑するが、話は続く。


「姉は、美しく素晴らしい人でした。民のことを気遣い、困っていれば手を差し伸べるような人格者であり、どこまでも優しい最愛の姉でした! しかし、そんな姉を我が国の人間たちは――」


 ボロボロ涙を流すアーグネス。


「変わり果ててしまった姉の亡骸に私は誓いました。我が国のケダモノたちを許さんと! そして、私も同じケダモノに成り果てたのです!」

「辛い出来事だったな」

「同情するぞ」

「しかし、お前に奪われた姉や兄、弟や妹、父と母、祖父祖母がいた。償わなければならない」

「償いをすべきだ!」

「ははぁ!」

「お前を理想の姉にしてやろう! かつて姉がそうであったように、人に優しく、慈愛に満ちた美少女にしてやろう!」

「お前もお姉ちゃんにしてやろうか!」


 レームはエヴァンジェリンたちに頭を下げた。


「この女は俺が預かりたい」

「預かりたい!」

「いや、そうじゃなくて」

「立派な姉にすると誓おう!」

「誓おう!」

「誰もそんな誓いを立てろなんて言ってねーよ! ああ、もういい! どうせダーリンの誘拐なんて出来ないに決まってるんだから、勝手にしろ!」

「感謝する」

「感謝する!」


 深々と頭を下げるダニエルズ兄妹。


「僕としてはサムの凌辱を企んだ輩を八つ裂きにしたいのだが」

「まあまあ、いいじゃないですか。ダニエルズ兄妹の駒になれば、情報も入ってきますし、国の内情も知れるでしょう。しかし、気になることがひとつ」


 友也は、アーグネスに尋ねた。


「サムは魔王です。いえ、魔王でなかったとしても、宮廷魔法使いです。いくらあなたがサムを見下し、実力を見誤っていたとしても、殺すならさておき無力化して拐おうなどという自信はどこからきたのですか?」

「それは……私にはこれがあった」


 アーグネスが懐から取り出したのは、ひとつの腕輪だった。

 魔力とは違うなにか別の力を感じる。


「それは?」

「魔力とスキルを封じる道具だ。王から承った」

「――そんなものが?」


 魔力封じやスキル封じは割と出回っているが、粗悪品ばかりで、あまり効果があるものはない。

 仮に本物なら友也たちでも初めて見ることになる。


「部下で試したが、間違いなく封じることに成功した」

「よければ回収しても?」

「私にはもう必要ない。好きにしてくれ」

「では遠慮なく」


 アーグネスから腕輪を受け取ろうとした友也だったが、なぜか何にもないところにつまづき、伸ばした腕が女体化した彼の谷間に。


「な、なにをする! 好きにしていいと言ったが、私の身体を好きにして良いなどといってはいない! や、やめろ! なぜにゅるにゅるするのだ! いくら姉上のような美少女になった私に性欲を抑えられないのは理解できるが、こんな公衆の面前で……私でさえ奴隷を外で嬲ったことはなかったのに! くっ、殺せ!」

「誤解ですって! ギュンターくん! 結界! 結界解けてます!」

「いや、解いていないよ。君の変態乱舞など見たくないからね。紳士な僕には目に毒だ。まさかとは思うが、その腕輪のせいで僕の結界が弱まっているのではないかな?」

「――まさか本物ですか!? ていうか、よりによってこんな状況で判明するなんて! どうせなら僕の体質まで封印してくれませんかねぇ!」


 アーグネスの女体を弄りながら、友也の叫びがスカイ王国の青い空に木霊した。





 〜〜あとがき〜〜

 9/2(金)コミックウォーカー様にてコミカライズ第2話公開です!

 そして、9/30に書籍2巻の発売となります!

 Amazon様ではご予約始まっておりますので、何卒よろしくお願い致します!

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