39「不幸な人が来ました」①
男の名は、アーグネス・シーモン。
四十半ばほどの、灰色の髪を伸ばし、髭を蓄えた背の高い中年男性だった。
白いローブを羽織り、魔法杖を持つ、わかりやすい魔法使いだ。
彼は、ティサーク国最強の魔法使いであり、宮廷魔法使い筆頭である。
魔族を殺した経験から、「魔族殺し」の二つ名までつくほどの実力ある魔法使いだった。
彼の任務は、スカイ王国の最強の魔法使いであり宮廷魔法使いであるサミュエル・シャイトの捕縛。
伯父であるザカリア・シーモンからは、サミュエル・シャイトは魔王であるため油断するなと言われていたが、アーグネスは油断こそしていなかったが警戒もしていなかった。
まだ十四歳の子供が、国の最強を名乗っている時点で程度が知れる。
魔王を名乗るなど誰でもできるが、魔族を殺すことなど易々とできることではない。
アーグネスには、自身の強さとプライドがあった。
敬愛する伯父の願いでなければ、三十歳も年下の子供の相手などしない。
伯父のザカリアは、魔王を特別視しているようだが、アーグネスにしてみれば、人間が魔族になるなどまずあり得ない。ゆえに、虚言だと判断していた。
しかし、若くして魔法使いの才能が、程度が低くともあるのなら種馬としてはちょうど良い。
すでに奴隷とする準備もできている。
気高い魔法使いが、人攫いの真似など嫌だが、国のためならば、と我慢した。
スカイ王国の注意は、使節団が率いてきた兵に向いている。
前もって、城下町に冒険者として潜入していたアーグネスには見張り一つついていない。
何の障害もなく、目的としていたウォーカー伯爵家にたどり着いた。
「――門番がいないだと? 随分と、手ぬるい」
ティサーク国では、愚かな民が貴族に逆らう事件が続いているので、屋敷に門番がいないことなどありえない。
アーグネスの屋敷も同様に、門番が幾人も立ち、屋敷に近づく平民は斬り殺すように命じてある。
先日も、可愛がってやった奴隷の親が、無謀にも短剣一つで乗り込もうとしてきた。害などないが、不愉快極まりなかったので、襲撃者とその家族をすべて殺したばかりだった。
アーグネスは簡単にウォーカー伯爵家に侵入すると、サムを探そうと探知魔法を展開する。
似顔絵でこそサムの顔を知っているが、実際の顔は違うことが多い。
そこで、腐っても魔法使いならば魔力があるだろう、と探すことにしたのだ。
この世界において魔法使いは希少だ。
ならば、探しやすい。
しかし、探知魔法を展開したアーグネスは、脳が破裂しそうなほどの衝撃を受けた。
声も出ず、その場に膝をついてしまう。
ありえなかった。
自分など比べ物にならないほどの巨大な魔力がいくつも存在しているのだ。
一番弱い魔力でさえ、アーグネスの十数倍だ。
彼の知る魔族であっても、これほどではなかった。
「おっ、誰かが魔力を探ったから気になってきてみたら、お前さん、見ない顔だな?」
「……オーガ!」
アーグネスの知る一般的な個体よりも小さいが、雄々しく生える角と巨体はまさにオーガだった。
「あん? せっかくダーリンと遊ぼうと思ったのに、また客かよ?」
フリルをあしらった黒ずくめと、暗く濃い化粧をした少女が音もなく現れる。
しかし、ただの少女ではない。魔力が、いや、存在が恐ろしい。
「なんだ、このお兄ちゃん力も弟力もなにもない輩は」
「……むしろ、外道力をビンビン感じちゃうんだけど」
さらに兄妹と思われる男女が、射抜くような視線で睨んでいた。
「おや、君は知らない顔だね。僕は基本的に、王都に住まう人たちの顔は覚えているのだが……君はみたことがない。それに、不愉快な血の匂いもするね」
まるで少女が読むような絵本の中から飛び出してきたような美青年が現れ、前髪を気障ったらしくかき分けた。
「サムのお客様ですよ。彼は、アーグネス・シーモン。ティサーク王国最強の宮廷魔法使いで、奴隷を痛めつけて殺すのが趣味のふざけた男です」
「――な」
最後に現れた少年は、アーグネスの情報を知っていた。
唖然としている間に、六人に取り囲まれてしまった。
「君の目的は把握してますが、あえて言わせてあげましょう。さあ――言え」
「わ、私は、サミュエル・シャイトを拐いにきた」
抵抗したが、勝手に口から言葉が出てしまった。
次の瞬間、
「きええええええええええええええええええええええええええええ!」
なぜか金髪の美青年が奇声を上げた。
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