3「領地をくれるそうです」②




「……無欲すぎると言われましても」


 クライドの言葉の意味がわからず、サムは首を傾げた。

 サムにだって、人並みに欲がある。

 食欲こそあまりないが、性欲や物欲など相応にあるし、強くなりたいという欲望なら誰よりも強い自覚がある。

 だというのに無欲だと言われても、正直困るのだ。

 困惑するサムに、クライドが苦笑した。


「貴族の、いや、人の多くが、サムの年齢や立場にいながら野望を抱かないことはまずない。強くありながらその力をひけらかすことなく自制し、王女を娶っても王家の威光を笠に着ない」

「……普通のことでは?」

「正直に言うと、私から見ても無欲に見える。その気になれば、そなたは王にもなれるのだぞ?」

「そういう面倒なのはご勘弁を」


 何が悲しくて一国の王になどならなければならないのだと思う。

 いくらサムが王弟の息子であり、王女のステラを妻にしているからと言って、セドリックやエミルを差し置いて王になろうなどとすれば、間違いなく反発が起きるだろう。

 ほぼ機能していない伯爵家当主という肩書ですら窮屈だというのに、それ以上を求めるつもりはないのだ。

 サムは、玉座に労力を割いてまで座りたいとは微塵も思わないのだ。


「そのようなところが、私や、そなたを愛する者たちにとっては好ましく見えることは確かだが、交流の少ない者からすると――理解できない、のだよ」

「……理解してもらう必要もないと思うんですけどね」

「そこが、そなたと他の者たちの違うところだ。声を大にして言うことではないが、私も魔法が上達すれば披露し、喝采の言葉を浴びた。ギュンターに結界術師としてあっさり追い抜かれた時は、嫉妬もした。王になることに魅力を見出せなかったが、水面下で王位を狙う野心家と戦いもした」


 あまり過去語りをしないクライドの若かりし頃に、サムは少し驚く。

 サムの知らない苦労もたくさんしたのだろう。


「俺は、最初は家族に、そしてウルに、今はクライド様をはじめ家族たちに認めてもらえればそれで構わないんです」

「私も今は近しい人だけが私を理解してくれればそれでいい。無論、国王としては民に認められていなければならないが、個人としてはそれでいいのだ」


 しかし、とクライドは続けた。


「欲望が強い者たちは、そうではない。力があればひけらかし、地位があれば好きなだけ利用する。度が過ぎていなければ悪いとは思わないが、実際その辺りの自制が効かなくなるのが人間だ」

「言いたいことは、はい、わかります」


 悪徳領主などまさにそれだ。

 税をむしり、領民を人と思わず、自分だけがよければそれでいい。

 そんな人間をサムも知っているし、実際に見てきた。

 ときには、思い出すだけでもおぞましい貴族もいた。

 だから、サムはそのような人間にならないと誓っているのだ。時には調子に乗ることも、本能で行動することもある。それでも、かつて見た非道な人間にならないように心がけている。

 そして、そのような人間が敵対すれば、容赦無く斬り捨てる、とも。


「難しいことを言うつもりはないのだ。ただ、そなたも少しくらい欲のあるポーズをしておけばよい。領地も受け取って、部下や親族に丸投げでいいのだ」

「いいんですか、それ?」

「民が幸せなら構わぬ。私が王として求めるのは、そこだけだ」

「お義父様らしいです」

「というわけで、そなたに領地を与える。粛清した貴族から取り上げた領地がいくつかあるので、そこをまとめて任せよう」

「……謹んでお受けします」

「うむ!」


 面倒臭くはあるが、領地をもらうだけで他の貴族たちが煩わしいことをしないなら、それでいい。

 今はさておき、いずれ子供たちが引き継ぐ土地があることはいいことだと思うことにした。


「さて、そこで次の話になる」

「次?」

「そなたの領地を管理してくれる代官役にふさわしい少女を紹介しよう。ちなみに、そなたと妻となる人物である!」

「――は?」

「すでに話は済んでいる。リーゼたちも、年下枠の妻が増えたことを喜んでおった。それに、ほら、あれだ、そなたの夜の相手のこともあるのでな。そなたのビンビンは妊婦には少々負担が大きいらしい! いや、誤解するな! ほどよく営むといい! 妻と娘たちの会話を聞き耳立てておったが、王家の技術を伝授していないにもかかわらずなかなかのテクを持っているというではないか! 私もまさか、あのような――」

「ちょぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお! なに俺の夜事情を把握してるんですかぁあああああああああああああああああ!」


 夫婦の時間が明け透けであったことにサムが絶叫した。

 そして、また例の如く自分の知らないところで話がついていることを嘆くのだった。




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