閑話「七人目の魔王です」





「フランベルジュ様、お休みのところ申し訳ございません。魔王ダグラス・エイド様より使い魔が届きました」


 大陸最西端の浜辺にて、ひとりの少女がのんびりビーチチェアに半袖半ズボン姿で寝そべっていた。

 日に焼けた手足を太陽にさらす彼女は、タオルを顔に乗せて、ぐーぐー、といびきをかいて熟睡中だ。


「あの、フランベルジュ様」


 海から遠慮がちに声をかけるのは、水色の髪の人魚族の女性だった。

 何度か声をかけるも、少女が起きる気配はない。

 普段なら女性も放置しておくのだが、今回は同僚である魔王からの連絡だ。無視をしていい者ではないし、配下である自分たちが勝手に処理できることでもない。


「……失礼します」


 海面に手をつけ、思い切り腕を振るった。

 その勢いで、水しぶきが立ち、寝そべる少女を水浸しにする。


「……なにしてくれてんの。いい夢見てたのに」

「おはようございます、フランベルジュ様。しかし、もう七日も寝ていますので、そろそろ起きてはいかがでしょうか?」

「寝足りない」

「私も寝かせてあげたいのですが、魔王ダグラス・エイド様より使い魔が届いていますので、お返事をせねば」

「ダグラス? なんで?」


 少女が濡れたタオルを顔から落とすと、稲穂色の黄金の髪を、後ろを刈り上げたおかっぱ頭にした不機嫌な顔が現れた。

 髪を細い指でかきあげると、眉を潜めた。


「人間の国へのお誘いです」

「は? だから、なんで?」

「魔王レプシー・ダニエルズ様を倒された人間の少年が魔王に至ったようです」

「へー」

「すでに魔王ヴィヴィアン・クラクストンズ様と交友があり、魔王エヴァンジェリン・アラヒー様やロボ・ノースランド様、変態遠藤友也様とも交流があるようです」

「ふーん。面倒なのを相手に頑張るね」


 興味がないのか、再び目を瞑ろうとした少女に、人魚族の女性は会話が終わったと判断し、一礼して去ろうとする。

 しかし、


「待って。レプシーって死んだの!?」

「……以前、お伝えしたじゃありませんか」

「やっべ。ずっと寝ぼけてた。まずいね、魔王に空きが出たら馬鹿どもがまた騒ぐ」

「いえ、ですから、レプシー様を倒した人間の少年が新たな魔王のようです」

「え? そうなの?」

「お伝えするのは二度目です」


 彼女が話を聞いていないのはいつものことだ。

 側近の一人である人魚族の女性も、繰り返し同じことを告げることは今更だが、まさか同じ同僚の魔王の死まで寝ぼけてちゃんと聞いていなかったとは思わず、驚きを隠せずにいる。


「……んで、他の魔王とかがよく黙ってるね」

「ですから、友好関係を築けているようです。言いづらいのですが、現在その少年の親交がないのはフランベルジュ様だけです」

「そうなんだ。私だけ、ハブかよ」

「でーすーかーらー、魔王ダグラス様がその人間に会いに行くのでよろしければご一緒にとお誘いがありました!」


 ぜい、はあ、と息を切らせる側近に「あ、そう」とだけ返した少女は、身体を伸ばすと、ゆっくり起き上がった。


「だるいけど、私だけ仲間外れのもあれだし、お誘いに乗るかな」

「では、そのようにお伝えしておきます」

「よろ」


 人魚族の側近が、海の中の中に戻る姿を見送り、大きくあくびをした少女は、残念そうに呟いた。


「そっか、レプシーって死んじゃったんだ。いいやつだったのに」


 少女は、コキコキの節々の骨を鳴らしながら、表情を再び面倒臭そうなものに戻した。


「新しい魔王が生まれたってことは、世界が動くってことか。めんどー」


 少女――魔王フランベルジュは、このまま浜辺で寝ていたい衝動を抑えつつ、新しい魔王に会うために出立を決めるのだった。





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