9「獣の王が動き出しました」





 大陸西側にある、樹木が覆い茂る森の中に、開けた土地と街があった。

 その街こそ、魔王にして獣の王と称されるロボ・ノースランドが治める通称『獣の国』だった。

 もっとも、魔王ロボは君臨こそしているが、統治はしていない。

 ロボと戦い敗北した種族たちが集まり、従い、勝手にルールを作って生活をしているだけだった。


 魔王ロボは、『獣の国』から少し離れた、森の奥にある洞窟にいた。

 孤高であるロボは、群れることを嫌うのだ。

 かつては敵を探しては暴れ、被害など関係なく好き勝手やっていたロボだが、魔王になってからは戦いを望むも、戦おうとする者がおらず、半ばふて腐れて洞窟内で寝ているばかりだった。


「――王よ」


 ロボの住まう洞窟の前に、老いた灰色狼がいた。

 二足歩行で立つ、灰色の老狼は洞窟を前に静かに跪く。

 そんな彼は、隻腕で、顔にも深い鉤爪が残っている。

 魔王となる前にロボと戦い、一族総出で戦ったが蹂躙されただけで終わった過去を持ちながら、ロボの強さに魅せられ配下を名乗る一族の長だった。


「――王よ」

「……なんだ」


 二度目の声かけに、不機嫌な声が返ってきた。

 声は間違いなく苛立ちを宿した、低いが、女性の声だとわかる。

 狼は、王が機嫌が悪ことはいつものことなので気にせず続けた。


「大変ご無沙汰しております。本日は、王に面白い話を持ってまいりました」

「……どうでもいい」

「しかし、王が寝ている間に、魔王様たちに大きな変化が訪れています。我が王も魔王。知っておくべきだと勝手に判断させていただきました」


 基本的に他者のことには興味のないロボだが、同格の魔王の話には興味があったのだろう。

 しばらく沈黙を続けたあと、短く「話せ」と告げた。

 老いた狼は、恭しく言葉を続ける。


「魔王レプシー・ダニエル様がお亡くなりになりました」

「……なんだと?」

「長年、人間に封印されていることは存じていましたが、少し前に人間によって倒されました」

「……そうか。ついに俺はあいつに勝てぬままか……せいぜい、あの世で亡き妻子と穏やかに暮らしていればいい」

「話はそれだけではありません。魔王を倒した人間の少年は、魔王遠藤友也様、魔王ヴィヴィアン・クラクストンズ様、魔王エヴァンジェリン・アラヒー様とご懇意にされているようです。他にも準魔王様方もその少年の元に集まっているようです」

「ふん。興味がない」

「ですが、はっきりとした確証はないのですが、その少年が魔王になったという話が届きました」

「――――続けろ」


 低く、唸るような声に、老いた灰色狼が身を竦めてしまう。

 それでも王に求められたまま情報を語った。


「人間の少年の名は、サミュエル・シャイト。以前より、準魔王ダフネ・ロマック様と関わりがあったようですが、その関係性までは不明です。間違いないのは、弱体化していたとはいえ魔王レプシー様を倒した、と」

「そうか。俺の寝ている間に、退屈な世界に少しは彩が訪れたようだ。で、なぜお前はわざわざ俺にそのようなことを報告しにきた?」

「民に、お顔を見せていただきたくお願いにまいりました。強きものの情報を持ってくれば、お願いを聞いてくださるかと」

「お前らは俺の民ではない。俺の配下でもない。俺の仲間でもない。ただ、敗れた俺についてきただけの弱者だ。敗北しても、たとえ強がりだとしても、俺を敵視する獅子族の男のほうがよほど面白みがある」

「…………」

「だが、まあいい。久しぶりに、外の世界に興味を覚えた。魔王共が気にかける人間の子供がどれほどの存在なのか見にいこうではないか」


 その言葉とともに、洞窟からゆらりと巨体が現れた。

 まるで降り積もった雪のように美しい、白銀の体毛を持つ狼だった。

 瞳は蒼穹のように青く、宝石のようだ。

 五メートルほどの全長を持つ狼は、荒々しい気配はなく、悠然とした。

 老いた灰色狼は、銀狼の姿に涙を流して平伏する。

 それほど神々しいなにかがあった。


「サミュエル・シャイトだったな。この退屈な世界で、俺に生きている喜びを味わせてくれるのか?」


 この世界で唯一の銀狼であり、獣の王と称される魔王ロボ・ノースランドは、数年ぶりに洞窟から出て、外の世界に向かった。




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