お正月記念「ウルリーケ外伝8 再会」③




「ギュンター・イグナーツも気になるが、私が一番聞きたいのは彼のことだよ」

「――サムか?」

「彼のおかげで私は安らぎを得て、家族とここにいる。彼のその後は?」


 ウルは首を横に振る。


「残念だが、私もしばらくして死んだのさ。幸い、サムの結婚式には参列できたが、その後どうなったかまでは――そういえば、魔王が来ていたな。ダグラスとエヴァンジェリンだ」

「そうか……ダグラスと、エヴァンジェリンが……」

「エヴァンジェリンとかいう魔王は、サムのことを気に入ったらしくダーリン呼ばわりだ」

「――ぷっ」


 ウルの言葉に、レプシーはもちろん、アイリーンとデイジーも吹き出した。


「す、すまない。エヴァンジェリンは私たち家族と親しくしていてね。妻と娘とはよい友人だったんだ。しかし、変わっていないな。彼女は惚れっぽいんだが……過去にいろいろあってね。いつか、運命の人が現れてくれることを願っていたんだが、そうか、もしかするとサムがエヴァンジェリンにとって運命の人かもしれないね」


 エヴァンジェリンと顔を合わせたこともないウルは、レプシーの言葉の意味がわからず首を傾げる。

 ただ、きっと愛弟子は女関係で苦労するんだろうな、と苦笑した。


「おそらくサムは苦労するだろう。私が死んだことで、様々な思惑も飛び交うはずだ」

「サムなら問題ないさ――と、言いたいが、相手が魔王だと不安があるな」

「それには同感だ。私を斬り裂いた一撃は素晴らしいものだったが、そう何度も使えるものではないだろうし、使っていいものではない」

「それは私もサムも承知していた。もっとも、使うなと約束はさせたが、サムなら土壇場で手段がなければ使うだろうがな」


 大きな代償を支払うことになろうと、愛する人たちに危機が訪れていたら迷うことなくサムは「セカイヲキリサクモノ」を使うだろう。

 師匠として無茶をしないことを願うばかりだ。


「私は死の間際に、彼に魔王の力を託しておいた」

「……まあ、なんかを渡したのは知っていたけど、魔王の力とか渡してどうするんだよ! 持て余すだろう!?」

「本来の人間ならそうだが、サムの場合は魔王の力を受け入れる器があると判断したのだよ。彼はたしか、君の魔力と魔法を受け継いでいたね。そこに私の力が加われば、魔王と対等に戦えるまでに至るはずだ」


(それは安心だ――とは言えないな。師匠としてひとりの女として、サムには幸せになってほしいんだが。私も少し変わったな。かつては力があるなら思い切り戦える、と言っていただろうが、今はとにかくサムが心配だ。違う世界にいるというのもなかなかもどかしい)


 難しい顔をするウルを見て、彼女の心情を察したのか、レプシーはそれ以上サムのことを言わず、話題を変えてくれた。


「先ほどの、この世界の魔法使いの話に戻るわけではないが、どうかな、この学園に入学するつもりは?」

「正直ないよ。魔王殿から魔法を教わることができるならさておき、歪んだ考えの魔法使いと一緒に生活するのは苦痛だよ」

「無理強いはしないさ。だけど、できるなら、魔法使いの考え方を変える手伝いをしてほしいと思ったのだがね」

「……手伝ってやりたいのはやまやまなんだが」

「実を言うと、私にはあまり味方はいないんだ。この国の生まれではないし、魔法使いとしての考え方が違うからね。アーリー公爵のように支援してくださる方はいるが、敵のほうが多い」

「あー、そういえば、スカウトされて理事長になったんだったな。それまでは何をしていたんだ?」


 レプシーの境遇を聞いていなかったことを思い出し、尋ねてみた。

 すると、「おもしろい話ではないが」と前置きをして、レプシーは教えてくれた。


「この国の同盟国のひとつの一般家庭に転生した私は、持ち前の魔力と魔法を持っていたので神童などともて囃されてしまってね。両親は悪い人ではなかったが、金の誘惑に負けてしまい、私を金で貴族の養子に出してしまったんだ。だが、そこで、妻と再会した」

「私は、貴族の三女でしたが、愛人の子でしたので扱いが悪く。あまり気にしていませんでしたが、貴族の面倒な日々にはうんざりしていました。そこにレプシーがが養子として現れ再開し――」

「――即合体したのだよ!」

「あれー? 急に話がおかしくなったぞ? レプシーってそういうキャラだったの!?」


 まさかスカイ王国を何百年と苦しめた魔王の口から「即合体」などと出てくるとは思わず、ウルは驚愕する。


「今でも鮮明に思い出すよ。当時、お互いに十二歳だったが、目を合わせた瞬間、最愛の人だとわかった。僕たちはお互いを求め、毎日ずっこんばんっこんの日々。とても充実していた」

「……ずっこんばっこんって」

「まあ、レプシーったら。お客様の前で恥ずかしい。でも、あの時は燃えましたね。多いときには一晩で十回も」

「ふ。私も若かった。いや、君が魅力的すぎたのさ」

「あら、お上手なこと!」


 急にいちゃつきはじめた夫婦に、絶句しているウルに、娘のデイジーが頬を赤くして話しかけた。


「あの両親がすみません。でも、こうなると長いんです」

「ふ、夫婦仲がいいのはいいことだよ」

「良すぎると思いますけど……でも、前世の両親は一緒にいる時間が短かったので、この世界では死がふたりを分かつまで末長く一緒にいて欲しいと思っています」

「君はいい娘さんだね」

「あ、ありがとうございます」


 ウルが褒めると、デイジーは照れたようにはにかんだ。

 聞けば、同い年のようだが、年下のようにかわいらしい。

 ボーイッシュな感じがするが、見目麗しい両親からいいとこ取りをした容姿はその手の趣味がない人間でも夢中になりそうなほど愛らしく映る。


「あの、よかったら、今度妹たちにも会ってあげてください」

「他にも兄弟が?」

「はい! 私の他に五人の弟と妹がいます」

「……あれ? ちょっと待って」

「はい?」

「レプシーって今いくつ?」

「父は二十五歳ですが?」

「若っ! ていうか、若いのに子沢山!? え、ちょとまって、デイジーは十歳だよね。それでレプシーが二十五歳って」

「私は両親が十五歳のときに生まれたんです」

「やるなぁ。前世の私は魔法にしか興味なかったぞぉ」


 思い返せば灰色の青春を送っていたものだ、と少しだけ肩を落とした。


「おい! レプシー! いちゃついてないで、そろそろ話を!」

「ああ、すまなかった。妻が美しすぎてつい」

「魔王が今こんなんだったと知ったら、陛下は泣くだろうな」


 ウルは知らないが、クライドはクライドで墓守から解放されてビンビンだ。

 もしかしたら今のレプシーと話が合うかもしれない。


「――で、貴族の養子になったお前がどうして理事長に?」

「私の義父になった男は、魔法使いの血を欲する貴族に売り込むことでのし上がろうと考えていたようだが、私にはアイリーンいたからね。関係がバレてしまい、大激怒さ。あろうことか、アイリーンを好色の年寄りの後妻にすると言ったので、とりあえず、二度とまともに口が聞けない程度に痛めつけさせてもらったよ」

「……そういう容赦がないところは、相変わらず魔王なんだ」

「ははははは。ついでに好色な年寄りも、二度と女性に手を出せないようにお仕置きしたら、国から追われてしまってね。もちろん、追手はすべて返り討ちにしたし、追手を差し向けた貴族も後悔させたが、いく当てがなかったので、とりあえず流れの魔法使いとして人助けをしながら各地を転々としていた頃、この国の魔法学校の教師にスカウトされたんだが、前理事長が無能な男だったので、辞職してもらうついでに私を後継者にしてもらったんだ」

「なかなか面白そうな日々を送ってるんだなぁ」

「毎日、退屈しないよ。久々の人間の生だが、やはり人間はいいね。時間が限られているからこそ、一生懸命生きることができる」

「それには同感だ」


 前世では病に冒されていたウルには、人間の生の大切さが身に染みて分かっていた。

 レプシーも、魔族として人間を超えた寿命よりも、今の人間としての日々のほうが充実しているようだ。


「……あなた、そろそろ」

「もう結構な時間が経ってしまったようだ。もっと話をしたいところだが、アーリー公爵を待たせるのも悪い。それに、私たちが別世界の前世を持っていると知られるのも面倒だ。今日はこのくらいにしておこう」

「そうだね」

「しばらく王都にいると聞いている。よければ、私の住まいに招待しよう。今日、ここにはいない子供たちも君に会いたがっていたからね」

「それは楽しみだ。ぜひ、お邪魔させてもらいたいよ」

「では、後日使いを送ろう」


 ウルリーケはこの世界で再会した魔王レプシーと再び握手を交わした。


「あ、あの! ウルリーケ様」

「どうした、デイジー? あと、私のことはウルと呼んでくれ。様をつけられるような偉い人間じゃないんだ」

「で、でしたら――お姉様とお呼びしてもいいですか?」

「……あ、はい、どうぞ」


 突然のお姉様呼びに動揺しつつも、受け入れたウルリーケ。


「娘は君に憧れていてね。もし、君が学園に入学してくれれば、同級生となるだろう」

「デイジーも入学を?」

「君ほどではないが、魔法使いとして優れていてね。ははは、親バカかもしれないが、将来が楽しみなのだよ」

「お姉様と一緒に学園に通えることができれば、とても嬉しいです!」


 抱きついてくるデイジーの頭を撫でながら、少しだけ、本当に少しだけ、学園生活もありかなと思えた。

 実を言うと、学園生活なるものに憧れていたウルは、レプシーがいて、デイジーがいるのなら、そこまで嫌な学園生活にならないだろうと考えたのだ。

 しかし、ここで結論はでない。両親に相談してからだ。


 こうしてウルリーケは、転生先の世界でひとつの縁を結んだのだった。


 この日は、これで学園をあとにしたウルは、アーリー公爵と一緒に家族が滞在している彼の屋敷に向かった。

 公爵家に着くと、家族が出迎えてくれたのだが、なぜか笑顔ではない。


「お父様、お母様、なにかありましたか?」


 疑問に思い、尋ねてみると、父は笑顔をつくろうとしてつくれず、曖昧な顔をして恐る恐る口を開いた。


「ウル……君のお見合いが決まったんだ」

「――なんで!?」


 どうやら王都滞在中はのんびりできないことが決まったのだった。




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