発売記念「娘に好きな人がいるそうです」⑥
「さて、気持ちの準備はできた。ちゃんと話をしよう!」
「お言葉ですが、ちゃんと話を聞いてくださらなかったのはお父様なのですが」
「ごめんなさい!」
意識を取り戻したサムたちは、代表としてサム、ボーウッド、アムル、バッカスがイグナーツ公爵家の応接室で話をするため移動した。
イグナーツ公爵家からは、なぜか顔色が悪いギュンターと、今回のことを予期していたクリー、あと無駄にはぁはぁしているカミルの三人。
シャイト伯爵家からは、サムが気絶している間に公爵家にやってきたリーゼと、当事者のシャルロッテ、そしてメルシーだ。
「もう、サムったら、シャルロッテのことになると周りが見えなくなるのだから。まさか他の子たちが結婚するたびにこんな大騒ぎをするのかしら?」
「申し訳ないです。反省しています」
リーゼに苦笑されながら小言を言われ、素直に頭を下げるサム。
「ボーウッドたちも、シャルロッテが可愛いのはわかるけど、今回はサムを止めて欲しかったわ。一緒になって、殴り込むなんて」
「……申し訳ない、姉貴」
「反省しています」
「ひぃぃぃん! どうかお許しを!」
ボーウッドたちも、リーゼに嘆息されてしまい謝罪をした。
なんだかんだと言って、女性には勝てない四人だった。
「ところで、ギュンター?」
「なっ、なにかな、リーゼ?」
「あなたが動揺しているのはわかるけど、カミルが興奮しているのはなぜかしら?」
サムたちも気になっていたことをリーゼが代表して尋ねると、ギュンターは困った顔をして、しばらく悩むと、
「息子が変態だっただけさ」
「意味わかんねー! というか、お前が言うな!」
「貴様の子なら、仕方がない」
「待ちたまえ、カミルはどこに出しても恥ずかしくない青少年だった気がするのだが?」
「男の子などみな変態でしょう! ひひぃぃぃぃいん!」
リーゼは大きくため息をつくと、話題をシャルロッテの件に戻すことにした。
「さて、サム、ギュンター、そして愉快な獣人三人組もすでにわかったと思うけど、シャルロッテはギュンターを心から想っているわ」
「えっと、もしかしてリーゼとクリーは知っていたの?」
「当たり前じゃない」
「もちろんですわ」
「ですよねー」
(ほらぁ。そうやって女性陣たちはいつも男を除け者にするぅ!)
やはり恋の相談は母親にしやすいのだろうが、できることなら父にもしてほしかった。
いや、こうなることを見越して相談されなかったんだろうが。
「――お父様。突然だったことを謝罪します。しかし、本気なんです」
「シャルロッテ。まあ、なんだ君が本気なら、うん、思うことは山のようあるけど、止めはしないよ。問題は――」
一同の視線が、イグナーツ公爵家の面々に向く。
ギュンターはさておき、クリーが今までひとりでイグナーツ公爵家を切り盛りしていたのは事実だ。
他の女性を寄せ付けなかったのも、彼女がいたからだ。
そして、何よりサムたちが心配しているのが、カミルのことだ。
普通に考えて、幼少期から一途に惚れていた幼なじみの好きな人が父親だったというのはなかなかにトラウマものだろう。
サムをはじめ、ボーウッドたちも同情の視線をカミルに向けている。しかし、そのカミルはなぜだか息を荒くして潤んだ瞳をしている。
はて、とサムたちは首を傾げた。
「最初に誤解のないように申し上げておきますが、わたくしはシャルロッテのことを反対するつもりはございません」
「そうなの?」
「はい。サム様には黙っていて申し訳ございませんでしたが、実をいうと、早くからシャルロッテの気持ちを打ち明けていただいていました。わたくしにとってもシャルロッテは娘同然ですが、この子ならギュンター様の妻に申し分ございません」
ただ、とクリーは眉を八の字にして続けた。
「その、カミルの件がありましたので、両手放しで賛成することもできませんでした」
「うん、そうだよね」
「なので、成人後に、と時間を作ったのですが……お察しください」
「あー」
母親として息子の恋心の成就を願ったわけだが、残念ながらそうはならなかった。
人の心は必ずではないので、仕方がない。
カミルを可愛がっていたサムとしても残念ではあるが、こればかりは本人次第なので何も言えない。
「あの、お父様! お許しをいただけますでしょうか?」
「あ、うん。まあ、なんだろう、ねえ、えーっと、シャルロッテの気持ちはわかった。で、お前はどうするんだよ、ギュンター?」
サムが許す許さない以前に、結婚はシャルロッテの気持ちだけではできない。
クリーがシャルロッテを受け入れていたとしても、ギュンターがどうするのかで話が変わってくるだろう。
何よりも、カミルの父親として、シャルロッテを受け入れていいものかどうかとも悩むはずだ。
「まず、シャルロッテ」
「はい!」
「気持ちはありがとう。君のような美しい女性に想いを抱いてもらって、僕は幸せな男だ。しかし、だ」
ギュンターが未だはぁはぁしているカミルに視線を向ける。
「カミル」
「はぁはぁ……癖になるぅ。あ、はい、父上」
「まずは君の気持ちをちゃんと伝えなさい。今を逃したら、心にしこりとして残るだろう。君の趣味嗜好はさておくとして、伝えるべく気持ちを伝えなさい」
「……はい!」
ギュンターに促され、カミルが立ち上がる。
「カミル?」
真っ直ぐな視線を向けられて戸惑うシャルロッテと、これから起こるであろう展開に息を飲むサムたち。
「僕はずっと君が好きでした!」
「え? ……そうだったの? ありがとう、気持ちはとても嬉しいわ。でも、私はカミルのことを双子の弟として大事に想っているけど、異性としてはごめんなさい」
驚きながらも、真摯に向き合い謝罪したシャルロッテの言葉を受けて、カミルは震えた。
震え、恍惚とした表情を浮かべ、びくんびくんっ、と小刻みに痙攣している。
(――あれ? なんか、反応違くない?)
「あ、兄貴、なんだかカミルの奴、反応がおかしくないですか?」
「……だよねぇ。見間違いだと思うけど」
(まさか、振られて喜んでいないよ、ね?)
サムとボーウッドの疑問に答えが出ないまま、カミルはシャルロッテに続けた。
「ちゃんと返事をしてくれてありがとう! うん、すっきりした! 気持ちよかった! これでも僕は新しい一歩を進めるよ!」
「え? う、うん」
(今、あの子、気持ちよかったって言わなかった?)
「戸惑いはあるけど、父上とうまくいことを祈っているよ!」
「――ありがとう、カミル」
ところどころ気になるところはあったが、カミルはしっかり失恋した。
彼も彼なりに気持ちを整理して、前に進んで欲しい。
「カミルは残念だった。今度飲みにいこう」
「俺が奢ってやるぜ!」
「吾輩も素敵な女性のいる店に案内しますぞ」
「ひひぃぃぃん! 失恋を乗り越えるのは大変でしょうが、我らがいますゆえ、いつでも相談に乗りましょう!」
「ありがとうございます、サムおじさま、ボーウッド様、アムル様、バッカス様」
大人として、同じ男として、カミルのことはフォローしてあげたい。
「で、だ。ギュンターくん、答えを聞こうか?」
「さ、サム? なんだか怖いんだが」
「いえ、別に。答え次第で、首と胴体がさよならするとかいう結末はないから安心してくれよ」
「……それ、もうやる気満々な気がするんだがね!」
「跡取りに困らないから、大丈夫!」
サムが素振りをはじめ、ボーウッドとアムルが爪を舐め、バッカスが背中の大剣をの柄に手をかけた。
ぶっちゃけ、返答次第では襲いかかる気満々だ。
「サム、ボーウッド、アムル、バッカス! おかしなことをしたら、許さないわよ!」
「はい、すみません!」
「姉御、誤解です!」
「ははははは、紳士である吾輩は平和主義ですぞ!」
「ひひぃぃぃん! ニンジンが食べたくなってまいりました!」
リーゼに怒られて、サムたちが殺意を引っ込める。
本当に愛娘の想い人に襲いかかるつもりはないが、面白くないのは事実だ。
「――ギュンターおじさま」
「……シャルロッテ」
「心より、お慕いしています。どうか私を、奥さんにしてください」
シャルロッテの真っ直ぐな愛の告白にギュンターは――。
――この一年後、ギュンター・イグナーツ公爵のもとに、シャルロッテ・シャイトが嫁いだのだった。
彼女は子宝に恵まれ、第一婦人のクリーに負けず十人の子供を産むこととなり、幸せを噛み締めるのだが、それはまた別のお話。
愛娘がよりにもよってギュンターに嫁いでしまったことで、サムとボーウッド、アムル、バッカスの主従たちは、悲しみを癒すかのうように危険な任務に挑んでは敵に八つ当たりをしまくるのだが、それもまた別のお話。
寝取られ属性が開花してしまったカミルだったが、それ以上の様々な趣味に目覚めてしまい、あの両親に「我が子が変態だ!」と絶句させるほどとなるも、それらをすべて受け止め、導いてくれるよき女性と出会い、彼もまた幸せになるのだが、やっぱりそれもまた別のお話。
こうして、スカイ王国の名高い一族として名を残すシャイト家とイグナーツ家は、発展していくのだった。
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