33「お祖母様は賛成のようです」




「別に、そう気にすることではないでしょう」

「へ?」


 祖母のもとを訪ね、ルイーズの相談をしたサムはあまりにもあっさりとした返事に面食らってしまった。


「他国のスパイなど珍しくありません。貴族の中には悪意がなくとも他国と繋がっている家だってあります。完全な裏切り者であれば、ふさわしい処罰が必要ですが、ただ関係があるだけで罰したりはしません。むしろ、情報交換ができると思っています」

「そんなもんですか」

「ええ、そのようなものです。実際、我が国の関係者が他国で情報取集をするために、貴族の屋敷で働くことや、愛人やそれこそ妻になることもあります。ルイーズが魔王と繋がりがあることを聞かされたときには驚きましたが、さほど気にするものではないでしょう」


 サムも、他国と繋がりがあることと、裏切り行為は別だと考えているが、元王妃である祖母の柔軟な考えに驚く。


(いや、違うか。王族であるお婆さまだからこそ、こういう考えなんだろうな)


 少々偏見を混ぜているが、国に忠誠を誓う騎士などからすると、グレーゾーンに立つ人間も裏切り者なのだろう。

 実際、不老不死という御伽噺のような見返りを求めて、ナジャリアの民に情報を与えていた人間もいた。

 これらの違いは、王国に害を与えるかどうかである。

 前者であれば、害とまでいかずとも情報を与えてしまう代わりに得るものもあるが、後者は得るものはまったくない。

 これは大きな違いだ。


「いいんですか?」

「むしろ、魔王と繋がりを持つルイーズを味方にしておくほうが得でしょう」

「さすがお婆さまです」


 ただ、とヘイゼルが付け加える。


「問題は、クライドがどう思うかですね」

「ですよねぇ」


 サムも気にしていたのはクライドのことである。


「デライトとレイチェルの話は聞きましたが、セドリックとルイーズの件はふたりよりも悩ましいでしょう。あの子は魔王レプシー関係で苦労させましたから、もしかするとよくない結果を招く可能性もあるでしょう」


 祖母の言う通り、魔王レプシーの墓守として生きてきたクライドにとって、ルイーズが他国ではなく魔王の関係者であることは大きいだろう。

 今でこそ、責務から解放されてはっちゃけたビンビン陛下だが、長い苦労をしていたことを知っている。

 そのせいで犠牲にしたものも多かったはずだ。

 クライドは魔王ヴィヴィアンと友好関係を築きたいと考えているが、それと、ヴィヴィアンとルイーズが通じていることは別問題だろう。


「魔王ヴィヴィアン・クラクストンズは、荒ぶる魔王ではないようですし、友好関係を築くことができればクライドもセドリックとルイーズを許しやすいかもしれません」

「お婆さまとしては、ふたりのことはどう思いますか?」

「賛成か反対かで問われれば、賛成です。王とは孤独な存在です。クライドにフランシスというひとりの人間として振る舞える存在がいたように、セドリックにもルイーズが必要なのかもしれません」

「……そうかもしれませんね」


 詳しくは知らないが、第一王妃フランシスは、クライドにとってすべてを受け止めてくれる存在だったようだ。

 上に立つ者が弱みを見せることができる人間は少なく、希少である。

 セドリックも、いずれ国王になったときにクライドにとってのフランシスという存在がいてくれた方がいいだろう。


「幸い、ルイーズも自分の立場こそ気にしていますが、セドリックを憎からず思っていると私は確信しています。もしも、本当に魔王の配下としてこの国の情報を得ようとするのなら、喜んでセドリックと結ばれていたでしょう」

「その通りですね。そうか、だから苦しんでいたのか」


 祖母の言葉を受けて、納得できた。

 サムには、なぜルイーズが急に魔王ヴィヴィアンとの関係を伝えてきたのか理解できなかった。

 いずれバレるからと言っていたが、自分の内通者をわざわざヴィヴィアンから明かすことはないだろう。

 おそらく、ルイーズは苦しんでいたのだ。

 セドリックに愛情を持っているゆえに、恩人である魔王ヴィヴィアンと、どちらを選択すればいいのかわからなかったのだ。


「ですので、サムが魔王ヴィヴィアンとどのような関係を築けるかどうかで、セドリックとルイーズの未来も決まるのでしょう」

「それは、なんとも責任重大ですねぇ」


 ようはサムの頑張り次第らしい。


「あなたには苦労ばかりをかけてしまい申し訳ありませんが、祖母として頑張ってくださいとしか言えません」

「構いませんよ。セドリック様はステラの弟ですし、好きな人と結ばれてほしいと願っています。魔王ヴィヴィアンと友好関係を築くことができるよう頑張ります。ただ、その前にルイーズさんが王宮を辞めて姿を消してしまわぬよう、説得をお願いします」

「承知しました。ルイーズのことはお任せなさい」


 魔王ヴィヴィアンとの関係の重要性がまた大きくなった。

 国のために、家族のために、サムの頑張る理由が増えたのだった。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る