58「エピローグ」




「やれやれ、せっかく屋敷に帰れるのに大雨か」


 様子を見るため、一晩王宮で過ごしたサムは、翌日、許可を得て屋敷に戻ることとなった。

 王宮では、普段あまり一緒にいられないステラとふたりきりで過ごす時間があったのが嬉しかったが、未だ滞在しているオークニー王国の人間と顔を合わせてしまう可能性があったので、早く屋敷に帰りたいと言う気持ちもあった。


 オークニー王国は、この度の交流会で大きく評価を下げることとなった。

 言うまでもなく、異世界人であり勇者葉山勇人の暴走のせいだ。また、勇人を持て余したヴァイク国王が彼とサムをぶつけようとしていたのも無責任であると判断されていた。

 結局、今後、スカイ王国とオークニー王国は同盟破棄こそしなかったが、対等の国ではなくなった。無論、スカイ王国が優位である。

 これからの貿易や国交など、スカイ王国側の有利に話が進む事になるだろう。それだけの負い目がオークニー王国にあるのだ。


 オークニー王国側としては、国交や貿易が不利になったことを気にしている余裕がなかった。

 勇人が魅了を失ってから、彼の恋人だった女性たちがディーラ王女を除いて正気に戻ったせいで、大賑わいだ。

 自殺未遂をはじめ、勇人を殺そうとするなど、慌ただしく問題が起きている。

 聞けば、オークニー王国に残してきた勇人の他の恋人や、愛人関係にあった人物たちも自分の意思ではなかったと大騒ぎしているらしい。

 中には、勇人と知り合いのめり込んだせいで家庭を壊した人や、夫や恋人を無碍に捨てた人もいる。中には、勇人の気を引くために多額の資金援助をして散財した女性もいるようだ。

 間違いなくオークニー王国に戻ったら殺されるのではないかと誰もが予想していたが、所詮他人事だった。

 さらに不幸な事に、二カ国の交流会であったが、他の同盟国の重鎮が複数人参加していた事だろう。

 おかげで、オークニー王国の起こした騒動は、他の国々まで広がる事になる。


 一方で、スカイ王国の評価は高まった。

 以前は、貴族派が好き勝手やっていた印象があるスカイ王国だが、王家に忠誠を誓う宮廷魔法使いの強さを見せつける事に成功した。

 とくにデライト・シナトラの実力と、サミュエル・シャイトとその婚約者たちの強さは嫌と言うほど見せつけることができた。

 宮廷魔法使いの数こそ減ったものの、それを補うに十分なほど戦力を持っていると知らしめたのだ。

 多くの国が、魔法使いの質を羨み、なんとか自分たちの国に取り込めないかと考えているという。

 実際、他国の人間から、デライトへ再婚の話や、サムへ見合いの話もあった。


「あーっ、思い返せば面倒な日々だったなぁ」


 大粒の雨が音を立てて降り注ぐ中、傘も差さずに王宮を出たサムを出迎えてくれる人物がいた。


「旦那様?」

「サム、迎えにきた」

「ありがとうございます。すみません、わざわざ雨の中」

「構わない。さ、乗りなさい」


 ジョナサンに促されてサムは馬車に乗った。

 いつもなら何かしら会話があるのだが、ジョナサンは鎮痛な表情を浮かべるだけで静かだった。

 サムは何かあったのではないかと不安になり、思わず尋ねる。


「あの、旦那様。なにかありましたか?」

「……サム、ついてきてほしいところがある」

「え、ああ、はい」


 しばらく馬車に揺られたサムとジョナサンがたどり着いたのは、王都の墓地だった。

 ここにはウルリーケが眠っている。


(わざわざこんな大雨の中、どうして墓地に?)


 首を傾げているサムに「ついて来なさい」とジョナサンが馬車を降りたので、サムも後に続く。

 少なくとも墓参りという雰囲気ではなかった。

 しばらく歩いたサムは、


「――は?」


 己の目を疑った。


「なんですか、これ……なんなんだよっ、これはっ!」


 サムの感情が荒ぶれ、声に怒りが宿る。

 病み上がりであるにもかかわらず、ナジャリアの民アナンと戦った時よりも、濃厚で怒りに満ちた荒々しい魔力がサムから放出された。


「――サム、残念だ。私も言葉がない」


 サムの目の前には、掘り返されたウルの墓があった。


「サムがナジャリアの民と戦った日に、何者かが墓を掘り起こし、ウルの亡骸を盗んだようだ。目下捜索中だが……残念ながら見つかっていない」

「――ふざけるな。誰が、こんなことを」


 高密度の魔力が、雷となって音を立てた。

 限界だ、ここまで怒りを覚えたのは初めてだった。

 サムは、今の感情をすべて怒声と共に吐き出した。


「ふざけんなぁああああああああああああああああああああああああああっ!」


 次の瞬間、怒号と共に魔力が天高く放出された。

 その勢いは凄まじく、王都を覆う雨雲を一瞬にして霧散させてしまうものだった。


「誰がこんなことをしたのか知らないが、絶対に犯人を見つけて償わせてやる!」



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