18「交流会の始まりです」②




 知己に挨拶まわりを終えると、それぞれの家のほうでも挨拶をしなければならず、婚約者たちは家族たちと合流し、再び挨拶をしている。

 ひとりになったサムは、さて、どうしようか、と悩む。

 お酒もまだ飲めない、ご飯を食べてもいいが、そこまでお腹が減っていない。


(どうしようかな、こういう場にひとりはちょっと困るかも)


 知人たちも挨拶や談笑で忙しそうだ。

 あのギュンターでさえ、家族と一緒に挨拶をしにきた貴族たちに笑顔を見せている。

 さりげなく隣にいるクリーの存在を見て、驚いている人間や、羨んでいる女性もちらほら確認できた。


(――おっと、ようやく異世界人のお出ましか)


 手持ち無沙汰なサムが壁に背を預けて腕を組んでいると、オークニー王国の勇者が恋人を伴って登場してきた。

 サムだけではなく、周囲の視線が彼らに集まる。


(確か、葉山勇人と霧島薫子だったね)


 広間に胸を張って入ってきた少年は、白地に金の装飾をあしらった、厳かな衣服を身につけている。軍服めいたデザインをしているせいだろうか、どこか線の細い少年には不釣り合いに見えた。


(彼が葉山勇人か、魔力はかなりあるな。でも、俺とそんなに変わらないくらいか。問題の実力は、うーん、ぱっと見じゃわからないな。それにしても、彼が大陸最強か……かなりイメージと違ったな)


 葉山勇人は、どこにでもいる高校生――というよりは、それよりも大人しめの印象を受ける十代の少年だった。

 黒髪をかき上げてセットされている髪型も、衣服同様に慣れてない雰囲気が強い。

 ただ、彼は自信に満ち溢れているのがわかった。

 かつて日本でどのような暮らしをしていたかサムにはわからないが、少なくとも葉山勇人を見る限り現状に満足しているのだとわかる。

 そんな彼を取り囲むように、様々な美女美少女が集まっている。

 いかにもお姫様な少女から、妖艶な年上の女性まで、会場にいる男性たちが、ため息を吐くほど魅力的な人たちだった。


(すごいな。異世界に召喚されて、勇者と呼ばれ、ハーレムまで作ったのか。テンプレもここまで綺麗にやると感心するな。……まあ、俺が言えることじゃないけど)


 サムも人のことは言えない。

 転生して、天才的な師匠に育てられ、今では最年少の宮廷魔法使いとなって、婚約者が五人もいる。

 十分、異世界を堪能していた。


「――ん?」


 葉山勇人と彼を取り巻く女性よりも一歩離れた場所に、もうひとり日本人と思われる少女がいた。

 教会のシスターを思わせるもの、パーティー用の落ち着きがありながら金地の刺繍が施された白いローブに身を包んでいる。

 そんな少女は、整った容姿をうんざりだと言わんばかりに歪めていた。


(あの子がおそらく霧島薫子か。それにしても、目立つくらいテンション低いなぁ)


 勇人たちとの温度差があまりにも酷い。

 周囲の目を気にせず、我先にと勇人にエスコートされようと競い合っている女性たちに、氷点下のような醒めた目を向けているのがわかった。


(霧島薫子とは葉山勇人のハーレムじゃないんだね。って、あれ、うそぉ?)


 薫子に目を取られていたので気付くのが遅れたが、オークニー王国の王妃が席を立ち、我先にと勇人の腕を取った。

 そのまま腕を絡め、体を寄せると、そのままクライドたちの方へ戻っていく。

 おそらくクライドに自国の勇者を紹介するつもりなのだろう。

 だが、なんというか、ふたりの距離が近すぎる。

 サムの耳には「あっ、王妃様が抜け駆けした!」という少女の声が届いたが、聞こえないことにした。

 勇人を紹介されたクライドは若干困惑顔だし、オークニー王国国王は苦々しい顔をしているが、これも見なかったことにする。

 視線を逸らすと、薫子と不意打ちのように目が合った。


(おっと、どうしようかな。挨拶だけすればいいか)


 サムは薫子に会釈すると、彼女も会釈を返してきた。


(俺は別に転生者だってことを隠していなんだけど、声をかけるのも変かなぁ。旦那様にトラブルを起こすなって言われているし、どうしようか)


 サムは今まで言う必要がなかったのと、言ってもあまり理解されないだろうし、混乱させるからと思い、転生者だということをあえて口にしていなかった。

 だが、もし彼女が「転生者?」と尋ねてきたら、肯定するだろう。

 もっと、ぱっと見こちらの世界の住人なので、転生者だと見抜かれることはないだろう。


(霧島薫子はさておき、葉山勇人に転生者だとわかったらトラブルが起きそうな気がする)


 ひどく偏見だが、異世界を満喫している少年に、転生者の存在などあまり面白い者ではないだろうと思う。

 サムは気を使い、黙っていることを決めた。


 異世界召喚された少年少女に興味がないわけではないし、なによりも大陸最強と謳われる葉山勇人の存在にも思うことはある。

 だが、サムの目から、葉山勇人はそこまでの強さを持っているのか、と疑問だった。


(彼が本当に大陸最強を名乗るだけの力がるのか気になるけど……あそこまでラブコメを繰り広げている姿を見ると、関わりたくないなぁ)


 国王ふたりを前に、勇人を取り合う女性たち。

 その中に王妃がいるのはやはり気のせいではなかった。

 王妃が国王の前で、いいのか、と冷や冷やするも、オークニー王国国王は鬱陶しそうな顔をしているだけだ。

 クライドがどうしたらいいのかわからないとばかりに困惑顔をしているが、サムは距離をそっと置くことにした。

 最初は葉山勇人に羨望の視線を向けていたスカイ王国の男性たちも、今では少々礼儀に欠けるオークニー王国の女性たちに白い目を向けている。


(霧島薫子には少し興味があるけど、ま、ふたりとも関わらないのが一番だろうな。大きな問題を起こすつもりはないだろうし)


 もういいとばかりに日本人に背を向ける。

 すると、


「よう、サム」


 聞き覚えのある声が、自分の名を呼んだ。



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