49「マニオンと戦います」②
サムが狙ったのはマニオンの首ではなく、魔剣だった。
魔剣が厄介なことは、今までの経験で身に染みているので、早々と対処しようとしたのだ。
サムのスキルキリサクモノは、魔剣を両断し、マニオンの右腕の肘から下を斬り落とした。
「ぎゃあああああああああああああああああああああっ!」
今まで味わったことがないだろう激痛に襲われたマニオンの口から、耳障りな絶叫が飛び出した。
「ま、マニオンっ!」
「いだいっ、いだいっいだいっ、おがあざまっ、いだぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!」
(ま、実戦を経験したことのない子供なんてこんなものだろう。ジム様も魔剣さえ使われていなければ、遅れを取ることなくマニオンを鎮圧していただろうな)
血を撒き散らし、地面をのたうち回る息子にヨランダが駆け寄るが、どうすることもできず、代わりにサムを睨みつけた。
「サミュエル! お前には兄弟の情というものがないの!?」
「――は?」
「弟の腕を切り落とすなんて、お前はそれでも兄だと言うの!?」
「……いや、俺はマニオンと兄弟じゃないし。ていうか、そっちは殺す気で襲いかかってきたんだから、殺される覚悟くらいあっただろう。俺が怒られる意味がわからない」
そもそもマニオンは、リーディル子爵領で殺人と強奪をしており、今もウォーカー伯爵家への襲撃をした挙句、門番とジム・ロバートを負傷させている。
そんな人間を殺さずに腕一本ですませてやったのだから、感謝こそされても文句を言われる筋合いはない。
(国王様は容赦無く殺せって言うけど、その前に魔剣の出どころを吐かせないといけない)
どちらにせよマニオンとヨランダの結末は決まっている。
もうすでにマニオンは戦う気力さえないだろう。
(だらしない。腕一本なくなったって、なんとでもなるのに。これだから怠惰な人間は……まあいいさ。俺とは関係がないんだ)
マニオンと実際に血の繋がりがあるなしではなく、どちらにしても彼を弟だと思ったことは一度もない。
かつてのサムがどう思っていたのか知らないが、すくなくとも今のサミュエル・シャイトにとってマニオン・ラインバッハは弟ではない。
もっと言えば、かつてのサムを殺した仇である。
有無を言わせず殺さなかっただけ感謝してもらいたい。
「さて、マニオン。お前には聞きたいことがある」
未だのたうちまわっているマニオンを蹴飛ばし、咳き込む彼の右腕を踏みつけた。
「ぎゃぁぁぁあああああああああああああああっ!?」
「やめなさい! やめさない、サミュエル! マニオンがなにをしたというのよ!」
「……なにをしただって? リーディル子爵家で罪のない人たちを襲い、今もこうしてウォーカー伯爵家を襲っているじゃないか! ふざけているのか!」
「そ、それは、私たちにふさわしいものを手に入れるためにしたがないことなのよ!」
「呆れた。そんな子供でも使わないような言い訳が通用するわけがないだろう」
マニオンの腕を踏みつける足に力を込める。
「ぎゃぁあっ、ぎゃぁああああああっ、や、やめっ、ぎゃぁああああああ!」
「やめなさい! 兄が弟をこんな目に遭わせるなんて!」
「だーかーらー、俺は兄じゃないんだって」
「なにを言っている……ああ、そういうこと。旦那様に死んだことにされたのがよほど悔しいのね」
「――は?」
「いいわ、そういうことなら、お前の爵位と婚約者をマニオンに差し出しなさい。そうすれば、旦那様に口をきいてあげてもいいわよ」
「…………」
サムは大いに呆れた。
片腕を失い血塗れになって倒れる息子を前にしても、まだ息子がサムからすべてを奪えるのだと思っているらしい。
「はぁ。あの男と俺は親子じゃない」
「なにを? そんな負け惜しみを言って」
「いや、本当に違うんだよ。血が繋がってないの」
「なんですって? なら、お前の父親は誰だと言うの!?」
「チャールズ・ハワードだってさ」
「……チャールズ・ハワード、どこかで……ああ! 昔、領地にいた冒険者の名前じゃない! おほほほほっ、なによ、あんた! 貴族の子供じゃなくて、どこの馬の骨ともわからない冒険者の子なの? そういえば、メラニーが親しくしていたわね。ああ、そういうことね。なるほど、下賤なメラニーらしいわ!」
どうやらヨランダもチャールズ・ハワードという冒険者がいたことは覚えているらしい。そして、メラニーと親しくしていたことも、だ。
さらに言うと、確かにサムはラインバッハ男爵の血を引いていないが、スカイ王国王族の血を引いているらしい。
血脈に優劣をつける必要はないが、きっとサムが王族の血を引いていると知れば、ヨランダは血涙を流して羨ましがるだろう。
「ていうか、あんたはもう少し息子の心配をしてやれよ。さて、どうやらマニオンは口が固いらしい。なら、あんたに聞くしかない。魔剣をどこで手に入れた?」
「そ、それを聞いてどうするのよ?」
「こんな危険な物の出どころを確かめないわけにはいかないだろう」
サムの言葉に、にやり、とヨランダが唇を吊り上げる。
「いくら出すの?」
「うん?」
「その情報に金をいくら出すのかと聞いているのよ!」
「まさか、金をもらえるとでも思っているのか?」
「なら絶対に話すものですか!」
「一応、親切心で教えておいてやるけど、あんたとマニオンの罪は笑えないほど大きい。協力的な姿勢を見せて、少しでも罰を軽くすることを考えた方がいい」
「……え? ま、まさか、私たち、罰せられるとでもいうの!?」
「逆に聞くけど、どうして罰せられないと思うんだ?」
ここまで図々しい性格をしているといっそ感心さえしてしまう。
そろそろマニオンも動かなくなったので頃合いだろう。
自分が情報を吐かせなければ、専門職の人間が変わるだけだ。
その方がマニオンにもヨランダにとっても辛いことになるだろう。
いろいろ思うことのある親子ではあったが、サムは彼らのために少しだけ情けを見せたのだが、それも無駄だったらしい。
「あ、ああ、おかあ、さま、ま、ま、まままままままままままままままままっ」
サムが親子に対して深い嘆息をしたときだった。
足で押さえつけていたマニオンが、突如として痙攣を始める。
「マニオン? マニオン!?」
「しまった、出血のショック症状でも出たのか?」
ガクガクと震え、口から血の混じった泡を溢れさせるマニオンに、ヨランダだけではなく、サムも慌てた。
マニオンがここで死んでも構わないが、できることならちゃんと罪を自覚して、反省する機会くらい与えたい。
恨みはある、だが、まだ十三歳と幼い子供だ。
彼が歪んだのはヨランダをはじめとする周囲の大人のせいでもある。
せめて最期くらい、ちゃんとした人間らしくいてほしかった。
「あ、ああああ、あああああああああああああああああっ」
ぴたり、とマニオンの動きが止まった。
「――マニオン?」
瞳は虚となりどこを見ているのかわからない。
呼吸をしているので生きているはずだ、とサムが確認すると、マニオンの体に変化が起きた。
肥えていた体が、萎んでいった。
まるで風船から空気が抜けるように、徐々に、だが確実に縮んでいく。
「な、なにが」
「マニオン!?」
驚くサムは、マニオンから急激に生命力がなくなっていくのがわかった。
わかったところで、どう対処すればいいのかわからず見ていることしかできない。
その間にも、マニオンの体は干からびていき、ついには骨と皮だけになってしまう。
「……マニオン?」
唖然としたヨランダが震えるてで息子の体を揺すった。
その刹那、まるで砂山が崩れ落ちるように、マニオンの体が崩れていく。
「いやぁああああああああああああああああああああっ!」
ヨランダの悲鳴が木霊する。
サムも何が起きたのか理解できず、茫然とその光景を眺めていた。
「……なにが起きたんだ? 俺は腕を斬り落としたけど、こんなことになるようなことはしていない」
「素晴らしい!」
サムが疑問を口にしたその時、
「素晴らしいですよ! サミュエル・シャイト殿!」
誰かの賛辞の声と拍手が響き渡った。
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