40「ジム様に声をかけられました」
「――サミュエル・シャイトで間違いないか?」
「はい?」
とぼとぼと力なく城下町を歩いていたサムの背後から、男の声がかけられた。
敵意を感じないので、そのまま振り返ると、十代後半の少年がいた。
見覚えがない少年は、難しそうな表情を浮かべた、栗毛を長めに切りそろえた身なりの良い人物だった。
おそらく貴族だろう。
「俺が、サミュエル・シャイトですが。あなたは?」
「急に声をかけてすまない。だが、見かけてしまった以上、声をかけられずにはいられなかった。僕は――ジム・ロバートだ」
「――ああ」
彼の正体がわかった。
先日、サムの婚約者となったアリシアに懸想していた幼なじみの少年だ。
アリシアとジムの結婚の話は、母親たちによって進められていた。
ジムは前向きで、むしろ、望んでいたほどだったのだが、アリシアは嫌がっていた。
ジムが嫌な男だとか、アリシアに悪いことをしたわけではないが、相性が悪過ぎたのだ。
なによりも、アリシアはサムに想いを寄せていたこともあり、ジムに心を向けることはなかっただろう。
最終的に、アリシアとサムは結ばれ、ジムとの縁談は破談となってしまった。
その、ジムこそ、目の前にいる少年ジム・ロバートだ。
「僕のことがわかるようでよかった」
「アリシア様の件なら」
「わかっている。別にお前を責めるつもりも、文句を言うつもりもないんだ」
「え?」
意外だった。
彼には、サムを責めることも、文句を言うこともする権利くらいある。
アリシアとの相性が悪かった以前に、ジムは彼女の話を聞かずに自分のことばかり喋る少年だった。
女性陣はそんな彼に辛口だったが、サムやジョナサンからすると年頃の少年が恋心を抱く少女を前に満点の行動を示せというのは酷だろうと思っていた。
彼も彼なりにアリシアを強く思っていた故に、自分のことを知ってもらいたいという感情が少々出過ぎてしまっただけだった。
それでも、想い人との縁談を破談にされた原因のひとつにサムがいる以上、彼が文句を言いたいくらいは覚悟していたが、どうやら違うらしい。
「ただ少し話をさせてほしい。頼む」
「じゃあ、えっと、近くの喫茶店にでも」
「わかった」
ちょうどよく、目先に喫茶店があったのでそちらに移動した。
幸い店内は空いていた。
落ち着いて話ができるよう、他のお客から離れた窓際の席に向かい合うように座る。
従業員にコーヒーをふたつ頼むと、ふたりは言葉を交わすことなく静かに待つ。
しばらくしてコーヒーが届き、揃って喉を潤すと、ジムの方からゆっくり口を開いた。
「僕は、縁談が白紙になってからずっと考えていた。なぜ、なにが悪かったのか、と。だが、自分では答えが見つけることができず、多くの人に話を聞いた。すると、なんだ、みんなが僕のほうに問題があると言われてしまった」
恥じるようにジムは己の体験をサムに打ち明けていく。
「最初は信じられなかったが、親切な友人が、僕をアリシアの立場に置き換えて説明してくれたおかげで自分の失敗に気づけた。うん。僕は自分が恥ずかしい」
「その、失礼ですが、意外です」
愛する人を奪われたのに冷静な行動をしたジムを心底以外に思う。
思春期の少年なのだ。もっと感情に任せて行動しても許されたはずだ。
「自分でもそう思う。もっとも、最初は短慮な言動をしようとしていた。だが、両親と友人に救われたんだ。両親は僕が馬鹿なことをしないように、ショックを受けた僕をすぐに捕まえて部屋に閉じ込めた。おそらく、お前と戦うなどという馬鹿なことをさせないためだったのだろう」
なんとも行動が早いというか、的確なご両親だ。
実際、ジムの両親が彼を閉じ込めなければ、テーブルを挟んで向かい合っていた可能性はなかったかもしれない。
「当時は冷静さを欠いていたが、ちゃんと考えれば、お前に挑んだところで真っ二つにされて終わりだろう。アルバート・フレイジュ元宮廷魔法使いを瞬殺したことは僕だって知っている」
「アリシア様の幼馴染みと戦わずすんだことに感謝します」
「僕も最強の魔法使いに無謀に挑まなかったことを感謝する。おかげでこうして生きている」
(まあ、思春期で初恋相手にうまくいかないからって縁談が破談になって、しかも相手はすぐに婚約。よく我慢――というか、両親と友人の話を聞いたな。よほど周りが短慮なことをしないように、と懸命に接してくれたんだろう)
親身になってくれる両親と友人がいるジムは、アリシアとの相性は悪かったものの、良い人間なのだろう。
アリシアだって、結婚相手として嫌だと言っても、幼なじみとしては嫌っていない様子だった。
「こうして、お前と話をしたいというのもひとつだが、実をいうと頼みたいことがある」
「お聞きします」
「アリシアと話をさせてほしい」
「――でしょうね」
そう言われることは予想していた。
落ち着きを取り戻したとはいえ、完全に吹っ切れたわけではないだろう。
ならば、一度アリシアと話をしたいと言うだろうと思っていた。
「誤解しないでほしい。お前や彼女を困らせるつもりはない。ただ、謝罪した上で、はっきりと振られたいんだ。僕の気持ちの問題ですまないとは思うが、前に進むためには必要なことだ」
「……お気持ちはわかります。一応、言わせていただくと、アリシア様は直接あなたへのお断りのお言葉と謝罪をしたいと思っていました」
「わかっている。他ならぬ僕の両親が止めたのだろう。僕の言動が彼女を傷つけないように。そして、あとで僕が後悔しないように。両親には感謝している。時間をおかず、アリシアと会っていたら短慮なことをしていただろう。だが、頭が冷えた今だからこそ、区切りをつけたいのだ」
話はわかった。ひとりの男としてジムの気持ちも理解できる。
「で、あれば、俺が許す許さないの問題ではなく、当人同士のことですから。お止めしません」
「感謝する」
「しかし、忠告を――アリシア様を傷つけるような言動を取れば、俺は容赦しません。それこそ、真っ二つになる覚悟をしてください」
心優しいアリシアの心に傷が残ることはよしとしない。
それでなくとも、アリシアはジムとの縁談を白紙にしたことを気にしているのだから。
サムの警告ともとれる忠告に、ジムは頷いた。
「――肝に命じておく」
「それじゃあ、早いほうがいいでしょう。さっそく」
サムはコーヒーを飲み干すと、立ち上がった。
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