14「アリシア様の気持ちです」①
アリシア・ウォーカーは、少々控えめな性格をした少女だ。
快活な他の姉妹たちと比べて、あまり自分の意見を言うことも、体を動かすことも得意ではない。
いつも俯き気味で、細い声で会話するため、親しい友人もいなかった。
そして、男性が苦手だ。
アリシアが臆することなく接することができるのは、父ジョナサンと、幼なじみギュンターくらいだった。
もうひとり、幼なじみと呼べる少年がいるものの、彼はアリシアが苦手なタイプだったので、親しくできていない。
そんなアリシアにとって、サミュエル・シャイトは不思議な存在だった。
亡き長姉の弟子であり最愛の少年であり、次女の婚約者。
スカイ王国最強の魔法使いでもある、彼は、アリシアの知る男性とはちょっと違った。
話しやすい雰囲気があり、彼と一緒にいると自然と言葉が出てくる。
実際に会話をしてみると、聞き上手で、アリシアの話を笑顔で聞いてくれる。
彼のおかげで、人と話すことが楽しいと思えるようになった。
サムが屋敷に来てから、様々なことが起きた。
アリシアにとって衝撃だったのは、物語の中だけの存在だった竜がお客さんで滞在したことだ。
そして、自分に人以外の生き物と会話ができるスキルがあると知った。
灼熱竜と、その子供たちと話ができることは嬉しかった。
まるで自分が本の登場人物のようだと胸がドキドキした。
子竜たちはアリシアに懐いてくれて、彼らだけの言語で「お姉ちゃん」と呼んでくれるのがくすぐったい。
気づけば、子竜たちはアリシアにとって大切な家族になっていた。
子竜たちと一緒に遊ぶようになって、自分にはないと思っていた快活な部分に気づくことができたのも驚きだ。
先日なんて、子竜の背に乗り遠い土地までお出かけしたのは家族には内緒だ。
ときには川で遊び泥だらけになり、大きな声で笑い合う。
少し前までの自分では考えられない生活をしていた。
気づけば、俯いていた自分はもういない。
堂々と胸を張ることができるようになり、物事をはっきり言えるようになった。
学校でも友達ができて、はじめて学校生活を楽しいと思えもした。
こうして自分が変わることができたきっかけは、やはりサムのおかげなんだと思う。
今日も、日課となりつつある子竜の水浴びにサムと一緒に付き合った。
一緒に水を浴びようと、きゅるきゅる鳴いて腕を甘噛みしてくる子竜たちに誘われて、サムの水魔法でびしょびしょになる。
衣服が水で透けてしまうことも気づかず、彼と子竜たちと大きな声で笑い、はしゃぐ時間は幸せなひと時だった。
「まったく、アリシアまでおてんばになってしまうなんて」
そう嘆くのは、泥だらけになった自分を見て嘆息する母だ。
父は元気ならばよし、という人だが、母からすると、お淑やかだった娘が腕白になってしまったことを嘆きたいのだろう。
だが、アリシアは今更、過去の自分に戻るつもりはない。
サムと子竜たちと一緒に、日が傾くまで中庭で遊ぶのだ。
「うふふ、今日も楽しかったですわね」
「きゅるるるっ」
子竜たちと楽しく遊び終わって、お風呂に直行したアリシアたち。
サムとも、先日渡した本の感想で盛り上がりもした。
とても楽しい時間だったが、そんな時間はあっさり終わってしまった。
リーゼがサムを探していると、花蓮が呼びにきてしまったのだ。
サムは、アリシアと一緒だった時よりも嬉しそうな顔をして、姉のもとへ行ってしまった。
別にサムに蔑ろにされたわけではない。
彼は、申し訳なさそうな顔をして「すみません。また明日一緒に」と言ってくれた。
子竜たちを優しく撫でてから、姉の部屋に向かった。
不満なんてない。不満なんてないはずなのに、名残惜しかったし、胸が痛い。
「――やはり、わたくしは」
胸に宿る感情を、アリシアは必死に隠そうとする。
幸せそうな姉を見ていると、それだけで心が暖かくなる。
苦労した姉が幸せになることを、アリシアは心から望んでいるのだ。
姉の幸せの邪魔などしたいなど思ったことはない。
「――サム様」
それでも、この胸に宿るサムへの仄かな気持ちが消えることはない。
だが、もし、自分の気持ちを知られてしまったせいで、姉の笑顔が曇ってしまったら、と考えるだけで怖い。
それと同時に、サムへの想いを打ち明けることができず、胸の奥底へしまっていなければならないことが苦しくてたまらない。
「きゅるきゅるっ」
「大丈夫ですわ。なんでもありませんから、心配しないでくださいね」
子竜たちが、心配そうに鳴いてアリシアの顔を舐めてくるので、笑顔を浮かべて安心させる。
まだ子供の子竜たちに、心配かけることも望んでいない。
アリシアは、サムへの感情をしっかりと胸の奥底にしまい笑顔でいようと努める。
子竜たちとお風呂を出て、動きやすいワンピースに着替えていると、メイドのマリーが現れた。
「アリシア様」
「あら、マリー。なにか御用ですか?」
「旦那様がお呼びです」
「お父様が? ありがとう、すぐに向かいますわ」
父が自分を呼び出すなんて珍しい、そんなことを思いながら子竜たちを部屋に送ると、父の書斎に向かうのだった。
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