58「おめでたです!」
「おめでとうございます」
「――あ?」
雨宮家の一室で、倒れたリーゼをベッドに寝かせたサムたちは、かかりつけの医者を呼んでもらい診察をしてもらった。
しかし、医者から発せられた言葉に、サムは眉間に皺を寄せ、怒りに身を任せたまま詰め寄った。
そのまま医者の胸ぐらを掴む。
「倒れた人を前に、おめでとうございますとはどういう了見だ! あ?」
サムだけではなく、彼の背後にいる花蓮も、医者を静かに睨んでいた。
ギュンターや蔵人たちは、この場にはいない。
もともとギュンターは蔵人を捕らえる役目をクライド国王から命じられていたようだ。
蔵人はギュンターに従い、王宮に向かった。
水樹は倒れたリーゼを気にしていたが、父親のことも心配だったため、サムたちにリーゼを託して王宮について行った。
「ご、誤解です! すみません、言葉が足りていませんでした! リーゼロッテ様に異常はありません! ただ気が張り詰めていたせいでしょう、ストレスから倒れたのだと思います」
「で、どうしてそれがおめでとうございますに繋がるんだよ?」
はっきりと結論を言わない医者に、サムの苛立ちが募る。
医者は自らの言葉が足りていなかったことに気づいたのか、慌てて告げた。
「――ご懐妊です」
「――んん?」
医者の言葉が理解できず、サムが変な声を出す。
「リーゼロッテ様は妊娠しています。ストレスを受けて倒れたのも、無理もないでしょう。最近、体調が悪かったりしていませんか?」
「ちょ、待って、どういう」
「リーゼはだるいとか、眠いとか言っていた。あと、お腹が痛いと言っていたし、時々吐いていることもあった」
『ご懐妊』という言葉に耳を疑いあたふたするサムの代わりに、花蓮が最近のリーゼの症状を伝える。
「妊娠の初期症状ですね。そのときに医者に診せてくださればよかったのですが。とにかく、ご懐妊です。ですから、おめでとうございますと言わせていただきました。言葉が足らずに申し訳ございません」
「あ、いえ、ありがとうございます?」
わけもわからず、サムがお礼を口にしたそのとき、
「う、ううん」
リーゼが目を覚ました。
サムは、ベッドに駆け寄り、リーゼに声をかける。
「リーゼ様、よかった! お加減は?」
「あれ、私……そうだわ、ことみ様が!」
倒れる前のことを思い出したのか、立ち上がろうとするリーゼをサムが押しとどめる。
「ことみちゃんなら無事です。今はお部屋で休んでいますよ」
「蔵人様や水樹は?」
「蔵人様は木蓮様に治療を受けたあと、水樹様と一緒に王宮に向かいました」
木蓮に治療を受けたのはサムも同じだった。
前日、孫の花蓮から話を聞いていた木蓮は、自分の力が必要になるだろうからと、まるでタイミングを見計っていたかのように現れ、治療してくれた。
もしかすると国王の命令を受けていた可能性もある。
だが、そのおかげで、サムの傷も癒えている。
「王宮へ?」
「国王様の呼び出しですよ。どうやらギュンターには、蔵人様を王宮に連れていく役目もあったそうです」
「……そう。戦ったサムには申し訳ないけど、あまり厳しい処罰にならないことを祈るわ」
「俺も同感です。まあ、ギュンター曰く、大事にはならないそうです。ま、俺が狙われただけですし、そもそもミッシェル家がことみちゃんを人質にとって脅したからですから」
「そう、そうよね。……そういえば、サムは平気なの? 怪我は……消えているわね、治療していただいたのね」
「ご心配なく。もう元気ですよ」
とにかくリーゼがいつも通りの元気な姿を見せてくれてよかったと安堵する。
そんなサムの肩を花蓮が叩く。
「サム、それよりもリーゼに言わなきゃいけないことがある」
「あ、そうでした! リーゼ様、すごいです! もう、俺びっくりして信じられないって言うか、ああ、そうだ、早く旦那様と奥様にもお知らせしないと!」
「お、落ち着いて、サム。なんのことだか私にはわからないわ」
「それがですね!」
「――リーゼのお腹に赤ちゃんがいる」
「え?」
いざ懐妊の報告をしようとしたサムの言葉が要領を得ないため、リーゼが首を傾げると、花蓮があっさり言ってしまった。
「ちょ、花蓮様! どうして俺よりも先に!」
「いつまで経ってもちゃんと言わないからイラッとした」
「そんなぁ」
「え? 嘘?」
信じられないとばかりに目を白黒させるリーゼが、部屋の中に医者がいることを見つけ、彼を見た。
医者は、笑顔を浮かべ、リーゼに頭を下げる。
「本当です。ご懐妊おめでとうございます」
「――サムと私の赤ちゃんがお腹にいるの?」
リーゼが震える声で、確かめるように問う。
サムは笑顔で答えた。
「はい! 俺とリーゼ様の赤ちゃんです!」
「え、でも、まだサムと関係を持ってからそんなに」
「妊娠に間違いはありません。小さくはありますが、リーゼロッテ様のお腹から赤ちゃんの魔力を感じます。おそらく魔力を持って生まれてくるのでしょう」
リーゼの瞳から、一筋の涙がこぼれ落ちた。
「り、リーゼ様!?」
サムは一瞬、リーゼが妊娠を喜んでいないのかと不安になってしまった。
だが、彼女が口にした次の言葉に、大きな衝撃を受けることとなる。
「私……子供ができない体質だと思っていたの。そのことがサムに申し訳なくて、でも、一緒になりたくて。だから、他にも奥さんを増やしてもらおうって」
「……そんなことをお考えになっていたんですね」
よくよく考えれば、リーゼの不安に気づくことができたのかもしれない。
ユリアンと結婚し、子供ができないからと虐げられた過去を持つリーゼが、自分に子供ができないのだと思っていても仕方がない。
それでもサムと一緒にいたいと思ってくれたことが嬉しい。
だが、それを負い目に感じていたのだろう。だから花蓮やステラが婚約者になっても不満に思ったりしなかったのだ。
(もっとリーゼ様のことを考えてあげるべきだったな)
しかし、そんなリーゼの不安も、もう抱える必要はない。
なぜなら、こうして彼女のお腹に新しい命が宿ったのだから。
「リーゼ様、もう不安にならないでください。もし不安があっても、俺に隠さず言ってください」
「……サム」
「――ありがとうございます、リーゼ様」
サムの感謝を受け、リーゼの瞳からボロボロと涙がこぼれ落ちていく。
「おめでとう、リーゼ」
続いて花蓮が、短いながらもはっきりと笑顔を浮かべて祝いの言葉を述べた。。
「――あ、ありがとう」
婚約者と友達の祝福に、リーゼは嗚咽をこぼし始めた。
そんな彼女が愛おしくて、サムは愛情を込めて優しく抱きしめるのだった。
「みんなで幸せになりましょう、いえ、幸せにしてみせます」
「――ううん、私はもう、とても幸せよ」
涙に頬を濡らしながら、リーゼは今までで一番の笑顔を浮かべたのだった。
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