50「リーゼ様の決意と俺の気持ちです」⑤
――リーゼと愛を確かめ合った翌日。
サムは、食堂でジョナサンとグレイスに向かって両膝をつき、頭を下げていた。
そんなサムの後ろでは、困った顔をしたリーゼの姿がある。
両親たちと同じ食卓に着くアリシアとエリカも、サムの行動に何事かと目を丸くしていた。
「サム、突然どうした?」
「そうよ、顔をあげて」
夫妻も困惑顔だ。
大方、昨晩のリーゼとなにかあったのだろうと察しはできていたが、サムが土下座する理由までわからないようだった。
リーゼと一夜を共にしたことへの謝罪か、それとも――。
そんな夫妻の心情などわかるはずもないサムは、大きな声を出した。
「リーゼ様を俺にください」
少年の言葉に、ジョナサンたちは大きく目を見開いた。
少しの間を開け、ジョナサンとグレイスは、どこかほっとした様子で顔を見合わせると頷く。
「――わかった」
「俺にはちゃんとした住まいもありません。蓄えはありますが、収入もまだありません。正直、こんな俺がリーゼ様のことを愛してしまったことを申し訳ないと思いますが、それでもリーゼ様と一緒にいたいんです!」
「許す」
「わかっています。いくら俺が宮廷魔法使いになったからって――え?」
「許すと言ったんだ。サムとリーゼの結婚を許す」
「だ、旦那様?」
まさかこうもあっさり承諾されるとは思いもしなかったサムは、夢ではないかと自分の頬を引っ張ってみた。
だが、痛い。夢ではないらしい。
「リーゼ、お前もサムと同じ気持ちでいいんだな?」
サムの背後に控える娘に父が問う。
「はい。昨晩は冷静さを欠いてしまい申し訳ありませんでした。ですが、今の私を受け入れてくれたサムと、一緒に歩んでいきたいと思っています」
「こんなことを言いたくないが、サムはウルを今でも慕っているのだろう?」
「ウル姉様への気持ちを含め、そんなサムを心から愛しているのです」
ジョナサンは娘の顔をよく見た。
昨晩の追い詰められた表情とは違い、憑物が取れたように清々しい顔をしている。
これもサムのおかげか、と納得した。
今のリーゼなら、自分の心をちゃんと把握し、その上でサムと一緒になりたいと素直になっているのだとわかる。
父親として、安心して送り出すことができる。
「ならば私から言うことはない。幸せになりなさい、リーゼ」
「ありがとうございます、お父様!」
結婚を認めたジョナサンに、リーゼが深々と頭を下げた。
そんな次女に、次々と祝福の声がかけられる。
「まあ、おめでとうございます、お姉様」
「リーゼお姉様、サム、おめでとう!」
「ありがとう、アリシア、エリカ!」
姉妹が笑顔を向け合う。
グレイスが、立ち上がり娘の体を強く抱きしめた。
「今度こそ幸せになるのですよ」
「もう幸せです、お母様」
リーゼを抱きしめたグレイスの瞳から大粒の涙が溢れていく。
ジョナサン以上にグレイスもリーゼの幸せを心から祈っていたのだ。
「サム」
「は、はい」
「そろそろ立ってはくれないかな? 本来なら、頭を下げなければならないのは私たちの方なのだから」
「旦那様」
ジョナサンがサムに手を伸ばし立ち上がらせた。
握った手を離さず、サムに向かって深々と頭を下げる。
「娘のことをどうか頼む」
「サム、リーゼのことをどうか幸せにしてあげてください」
夫の隣で、グレイスもサムへ頭を下げた。
そんなふたりを安心させるように、サムはしっかり声にした。
「――はい! リーゼ様のことを必ず幸せにしてみせます!」
「ありがとう。サムなら安心だ」
「ええ、サムになら安心して任せられます。それに、息子同然に思っていたサムが、本当に息子になってくれることは嬉しいですわ」
「違いない。念願の息子だ!」
サムはほっとした。
リーゼとの結婚を受け入れてもらえるか不安だったのだ。
だが、憂は晴れた。これから胸を張ってリーゼと一緒に歩んでいくことができる。
(――ウル。約束したように、俺は前に進むよ)
「さあ、座りなさい、食事にしよう! 今日は朝からめでたいな! とっておきのワインを開けてしまおうかな!」
「もう、あなた。まだ起きたばかりではないですか」
「ふふ、お父様ったら」
家族が笑い合う。
この家族の一員に加われたことにサムは感謝した。
「結婚はサムが成人してからになるだろうから、それまでは婚約だな。よし。準備期間があるのはありがたいことだ。盛大な式にしよう!」
「もう、あなたったら。嬉しいのはわかりますが、何事もほどほどにしてくださいね」
「わかっている!」
「リーゼ、宮廷魔法使いになったサムを妻として支えるのですよ」
「はい!」
満面の笑みを浮かべるジョナサンたちに、サムは思い出したように口を開いた。
「ところで、あの、旦那様」
「どうした?」
「リーゼ様と結婚することになりましたので、木蓮様のお孫様とのお見合いをお断りしたいのですが」
リーゼに不誠実なことはしたくない。
それに、結婚する気もない相手と見合いをするのは相手にも申し訳ないと思った。
だが、なぜか、ジョナサンとグレイス、そしてリーゼたち三姉妹までがきょとんとした顔をしてしまう。
「あの、みなさん?」
「なにを言っている? 木蓮殿の孫娘との見合いはまた別の話ではないか」
「――へ?」
「そうですわ、サム。一度お約束をしてしまっているのですから、きちんとしませんと」
「へ? へ? へ?」
隣に座るリーゼに、どういうこと、と視線を向けるも彼女もまた両親同様に、
「あのね、私とこうなる前にお約束されたことなのだから断るなんて失礼になるわ」
「え、ちょっと」
この状況でお見合いを受ける方が失礼に当たる気がするのは、自分の気のせいではないはずだ。
困惑するサムに、ジョナサンが追い討ちをかけるように言った。
「父親としてはリーゼだけを愛して欲しいがサムにも立場があるからな。幸いなことに、先方は側室でもいいと言ってくれているのだ、問題あるまい」
「いやいやいや、問題だらけです! 大問題ですって!」
なぜこうもジョナサンが平然としているのかわからない。
自分が知らないだけで、この世界の貴族の感覚はこんなものなのだろうか、と悩む。
「落ち着きなさい、サム。必ずリーゼ以外と結婚しろと言っているわけではありません。ですが、あなたも木蓮様も立場というものがあります。今後のお付き合いのためにも、ちゃんとお見合いはするのですよ」
グレイスまでがそんなことを言い出してしまったので、助けを求めるようにリーゼに再び視線を向けた。
「がんばってね」
しかし、彼女はそう苦笑するだけだった。
「そんなぁああああああああああああ!」
宮廷魔法使いの地位と、王国最強の魔法使いの座、そして愛する人を手に入れたサムは、これから始まるであろう苦難に、叫ばずにはいられなかった。
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