34「竜の子供を救出しました」①




「――な、なんという扱いだ! 愛しい我が子たちを鎖で繋ぐなどっ!」


 竜が激昂するのも無理はなかった。

 見つかった子竜たち三体は、まだ一メートルほどのかわいらしい個体だった。

 そんな小さな子供の首に、魔法が刻まれた鉄製の枷を巻き付け、鎖で身動きを取れなくしているのだ。

 いくら竜が脅威とはいえ、あまりにも不愉快になる光景だった。


「待っておれ、今母が助けてやろう!」


 元気のない子竜たちだったが、灼熱竜の姿を見つけると喜びの表情を浮かべた。

 助けに来てくれたことを理解したのだろう。

 きゅるきゅる、と鳴く三体の声を聞き、母は枷を引きちぎろうと鎖を握った。

 ――刹那、鎖から放電し音を立てて拒絶した。


「――っっ、おのれっ!」


 竜のしなやかな指が焼けただれ、爪が弾け飛び、鮮血が舞った。


「今のはなんだよ!?」

「忌々しいことをしてくれる。これは拘束を無理やり解こうとすると害を与えるように魔法が刻まれている。これでは下手に解放しようとすれば子供たちまで危害が及ぶ可能性も」

「アルバートがやったのか? ったく、なんてことをしやがるんだ」

「……僕にはアルバートがそんな精細なことをできるとは思わないけどね」

「確かに」


 ギュンターの言うことに、つい頷いてしまう。

 火力馬鹿のアルバートがこんな精細なことをしそうもない。誰か他の協力者がいたのだろう。


「じゃあ、俺に任せてくれ」

「待て! 貴様も同じ目に遭うぞ!」

「わかってる。でも、試したいことがあるんだ。――スキル解放、キリサクモノ」


 枷を外そうとすると害を与えてくるのなら、その前に破壊してしまえばいい。

 サムは、スキルを解放し、子竜の自由を奪う枷と鎖を指でなぞった。

 次の瞬間、子竜を拘束する枷と鎖は音もなく断ち切られて地面に落ちていく。


「――馬鹿な、貴様、それは」

「ありがたいことに、俺のスキルさ」

「我が貴様とあのまま戦っていたら斬り殺されていたのか」

「最悪の場合はね。よし! これで全部断ち切ったぞ、解放できた!」


 すべての拘束を断ち切ると、力なく倒れていた子竜たちが立ち上がり、母を見て鳴く。

 灼熱竜は子供たちにかけより、力一杯抱きしめた。


「ああ、愛しい我が子たちよ!」

「きゅー、きゅー」

「すまなかった。母が目を離した間に、まさか攫われてしまうなど! 母を許してくれ! 無事で本当によかった!」


 涙をボロボロ流し、子供たちの無事を喜ぶ灼熱竜。

 子竜たちも瞳から涙を流して母に顔を擦り付けて鳴いていた。


「なんにせよ、無事でよかった」

「そうだね。少なくとも、国の危機は去った……と、考えたいね」

「どうだろうな。母親から子供を私利私欲のために奪う奴がいるんだ。この国は危ういだろ」

「確かにね。だが、貴族が皆そんな人間ばかりではないとわかってほしい」

「そうであることを祈るよ」


 母子の再会に水を差さぬよう、ギュンターと小さな声で会話しながらサムは見守る。

 子供たちを抱擁する灼熱竜からは、サムが知らない母性というものを確かに感じた。

 きっと彼女の本性は、優しい母なのだろう。

 それゆえに、大切な子供を奪われ、怒れる竜と変貌したのだ。

 サムは子供たちが無事であったことに、心底よかったと思うのだった。


 しばらくすると、灼熱竜の母と子は再会を喜び終え、サムとギュンターのほうを向いた。

 涙を拭った灼熱竜はサムへ近づき、口を開いた。


「よくぞ無事に我が子を取り戻してくれた。礼を言う――たしか貴様らの名はサミュエルとギュンター言ったな」

「サムでいいよ。親しい人たちはみんなそう呼ぶんだ」

「ではサム、そしてギュンター。貴様たちに心からの感謝を」


 彼女は膝をつき、胸に手を当て頭を下げた。

 おそらく、これが竜の感謝のしかたなのだろう。


「そんな大袈裟にお礼を言わなくてもいいんだ。もとは俺たち人間が悪かったんだから。早く顔をあげてくれ」

「……わかった」

「人間がごめん。あんたたち家族が無事で本当によかったよ」

「貴様が謝る必要はない。我も、人間全てが悪いとは思っていない。とはいえ、頭に血が上っていたときは、人間全てを殺そうとしていたがな」

「もう人間に敵意を抱いていないと考えてもいいのかな?」


 ギュンターの問いかけに、竜は頷いた。


「腹は立っているが、我が子を取り戻した以上、もういい。それに、子供を奪ったのは人間だが、救出に協力してくれたのも、また人間だからな」

「貴方の慈悲に感謝します」


 許しを得ることができたことにギュンターは感謝の意を示した。

 サムも彼に倣い頭を下げる。

 竜が脅威であることは今回の一件で、十分すぎるほど学んだはずだ。

 これで馬鹿な貴族たちが、今後愚かな真似をしないことを願うばかりだ。


「さ、いつまでもこんな薄暗い地下室にいても気が滅入るから、外に出ようぜ」

「うむ。そうしよう。さ、子供たちよ、母についてくるのだ」

「きゅるー」


 ギュンターが先頭に立ち、地下と地上を繋ぐ階段を上がっていく。

 途中、一体の子竜がじぃっと自分のほうを見ているのに気づいたサムは小さく笑って見せる。

 すると、「きゅるる」と鳴いた子竜がサムへ頭を擦り付けた。


「うん?」

「ほう、その子は貴様が恩人だとわかり、気に入ったようだ」

「それは嬉しいな。撫でてもいいかな?」

「構わぬ。優しくしてやってくれ」


 母親の許可を得たので、サムは手を伸ばし子竜の頭を撫でてやる。

 まだ子供ゆえか、鱗に覆われた肌は少し柔らかかった。

 気持ちよさそうに目を細めてきゅるきゅる鳴く子竜をかわいいとサムは思う。

 この日、危険としか思っていなかった竜に対する考えが少し変わった。



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