31「竜の子供を取り戻します」②




 しばらくして、サムと灼熱竜はスカイ王国国王クライド・アイル・スカイの前にいた。

 場所は決闘を行なった訓練場ではない。

 国王は玉座に座り、正式な来賓として灼熱竜を迎えたのだ。


 国王の傍らには、ギュンターをはじめ宮廷魔法使いたちが控えている。

 万が一のことを考えると、誰よりも国王の盾になるのだろうが、ギュンターと、ひとりの女性以外の宮廷魔法使いたちの顔色は滑稽なほど悪かった。


 この場に、国王以外の王族がいないのは最悪の事態を想定しているからかもしれない。

 だが、一方で貴族たちはサムたちの左右に控えている。

 それが不思議だった。


「サミュエルよ、話は聞いた」

「国王様、このような姿で申し訳ございません」

「構わぬ。そなたは国のために戦ってくれたのだ。まずは、治療を」

「いえ、回復魔法をかけましたので見た目ほど大したことはありません。それよりも、すでにギュンターからお聞きになっていると思われますが」


 ちらり、とサムは膝をついたまま隣にいる竜に視線を向ける。

 彼女は腕を組み、不機嫌そうな顔をして立っているだけだ。


「――ふん。我は人間などに頭は下げぬ」

「ちょっと!」

「構わぬ、サミュエルよ。灼熱竜殿、この度はスカイ王国の人間が貴方のご家族にしてしまった無礼の数々申し訳ありません」


 クライド国王は、玉座から立ち上がると灼熱竜の前に立ち、深々と頭を下げた。

 一国の国王が頭を下げて謝罪をしたことに、貴族たちからどよめきが湧く。

 だが、サムは感心した。クライドを素晴らしい王だと思った。


 天災である竜が怒ればこの国がどうなるのかわからない。

 そのことを正しく理解しているから、国王として正式に謝罪したのだ。

 むしろ忌々しく灼熱竜を睨んでいる貴族たちの正気を疑いたくなる。

 なぜそんなに強気なのかと問いたくなる。


「謝罪などよい。まだ我が子たちは助けられていない。わかっていると思うが、我が子たちになにかあれば、貴様の命はもちろん、この国が消えると思え」

「承知しています」

「ならいい」


 顔をあげた国王が、サムの肩を叩き、苦々しい表情をした。


「アルバートもずいぶんな置き土産を残してくれたものだ。確かにアルバートに黒い噂があることは王宮でも把握していた。しがらみのせいで手を出せずにいたが、今回はそんなことを言ってはいられない」

「おっしゃる通りかと。国の危機ですから」

「アルバートは、友好を深めていた貴族たちとなにやら金稼ぎをしていたそうだ。それが今回の一件に深く関わっていると見ている。確か、その家の者は」

「人間の王よ」


 クライドの言葉を竜が遮った。


「なにか?」


 彼女は細い指を伸ばし、ひとりの男を指差した。

 男は貴族たちの中でも一際身なりがよかった。

 おそらく爵位も上なのだろう。

 そんな男は、顔色を悪くし、脂汗を額に浮かべている。

 灼熱竜は男を見て、はっきりと告げた。


「あの人間から我が子たちの匂いがする」

「――ひぃっ」


 竜の威圧の込められた鋭い眼光に、男はその場に尻餅をついた。

 なにか言おうとしているが、恐怖のせいか、口をパクパクさせるだけしかできないようだ。


「……ゴードン侯爵。そなたはアルバートの一番の後ろ盾であったな」


(ったく、侯爵と宮廷魔法使いが一緒になって犯罪とか、呆れるね)


 竜がゴードン侯爵から子供の匂いがすると言い切った以上、奴は黒で確定だ。

 しかし、侯爵は意地でも認めるものかと、必死で声を振り絞る。


「へ、陛下! これはなにかの間違いです! 確かにアルバートとは親しくさせていただいていましたが、奴が悪さをしていたなどとは、まるで知りませんでした!」

「我が嘘をついているとでも言うのかっ!」

「ひぃぃぃっ、そ、そそ、そうではなく、間違いでは」

「我が子たちの匂いを忘れるような母親ではない! ふざけるなっ!」


 悪あがきをして見せたゴードン侯爵だったが、かえって竜の怒りに油を注いだだけの結果となった。

 竜の激昂をその身に浴びた侯爵は、その場で失禁し、気絶した。


(無駄に悪あがきしようとするからそうなるんだよ、馬鹿だなぁ)


「その者を叩き起こし、取り調べろ! 他にもいるであろう関係者を全て吐かせ、捕らえるのだ! 国を、民を大きな危機に陥れた人間だ。容赦する必要はなにもない、どんな手段を使っても構わん!」

「――はっ!」


 国王の命令に、騎士たちがゴードン侯爵を引きずっていく。

 侯爵の仲間の炙り出しは、国王たちに任せるとして、サムがすべきことは灼熱竜の子供たちの救出だ。


(あのおっさんから子供たちの匂いがして、ここ王都にいることもわかっているなら、侯爵家に囚われているって考えるのが自然だな。問題は、踏み込んでいいかどうかなんだけど)


「おそらくゴードン侯爵の屋敷に竜の子供たちがいると思われる」

「お許しいただければ俺が行きます」

「任せてよいか?」

「おそらく手荒なことになると思いますが」

「構わぬ。好きにするといい。だが、必ず竜の子供たちを救出するのだ!」

「かしこまりました」


 恭しく礼をする。

 国王から許可をもらったのだ、これで止められる人間はいない。

 サムは唇を釣り上げた。


「我もいくぞ。断ることは許さん」

「わかってるよ」

「魔法軍と騎士団もゴードン侯爵家に集めよう」

「よろしくお願いします」


 サムは立ち上がり、国王に一礼するとその身を翻す。

 そして、隣にいる灼熱竜と共にゴードン侯爵家に乗り込むのだった。


「行こう。子供たちを救うんだ!」



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