13「最強に喧嘩を売りました」⑤
「勝つとか勝たないとかではなく、サムくんがアルバートと戦うことは避けられないのですか?」
サムに戦ってほしくないとわかるフランに、デライトが忌々しげに口を開く。
「国が決闘を認めなければ、話が流れる可能性もある。だが、アルバートの野郎は力を誇示するのが好きな奴だ。相手がサムのようなガキでもそれは変わらない。むしろ、堂々とガキをいたぶることができると喜ぶだろうさ」
「……そんな」
「奴の後ろ盾をしている貴族たちが、決闘を利用して自分たちの地位とアルバートの力を知らしめようとするのなら、決闘はありえちまう」
「戦いは避けられない……そういうことですか?」
娘の問いかけに、父は頷いた。
「あの野郎がサムやお前になにもせずに帰ったのなら、そうなんだろうな。むしろ、ウルの弟子との決闘だ。ウォーカー伯爵家やイグナーツ公爵家と敵対している貴族派の連中が、今回のことを放っておくとは思えねえ」
「フラン様、ご心配ありがとうございます。でも、いいです。俺自身がアルバートとの決闘を望んでいますから」
「――サムくん。そう、そうね。君がその気なら、過剰な心配はもうしないわ。でも、気をつけてね。相手は父を倒したほどの実力者、王国最強なんだから」
「もちろんです」
フランの心配はとてもありがたく思うが、アルバートとの決闘はサム自身が望んでいることだ。
王国最強への近道を逃す手はない。
ただ、デライトの言葉に気になることがあった。
「ところで、俺は、その派閥ですか? そのあたりがよくわからないんですけど、貴族派とかってなんですか?」
「……ウォーカー伯爵は何も説明してくれてねえのか?」
「ええ、あー、でも、前に決闘したなんとかって子爵は敵対派閥だった気がします」
「仕方がねえ、俺が教えることじゃねえんだが、まあいい。よく聞け、この国には大きく分けて三つの派閥があるんだよ」
「へぇ」
「王家を、国王様を中心に国を発展させていきたい王族派。貴族がいてこそ国が回るって考えの貴族派。ふたつに比べると規模は劣るが、騎士派だな。そのくらい知っておけ。どんな田舎から来たんだ」
「えっとラインバッハ男爵領です」
「……どこだそこは?」
残念なことに、ラインバッハ男爵家は領地はもちろん、家名さえ認知されていなかった。
(そういえば、ダフネたちはどうしているかな。しばらく手紙も送ってないし、気になるな)
「デライト様はどこの派閥なんですか?」
「俺はもうそういうのとは縁がねえ。だが、かつては王族派だった」
「ああ、だから旦那様と面識があるんですね」
「そうだ。ウルのことも、世話になっているウォーカー伯爵家の娘だから引き受けたのが始まりだった。まさか、あれほどの魔法使いになるとは紹介された当時は思いもしなかったがな」
「そうでしたか、ウルとはそういう出会いを」
「宮廷魔法使いの多くに後ろ盾がいる。とくに俺のように平民から成り上がった人間にはな。俺の後ろ立てをしてくれていたのは、ウォーカー伯爵とイグナーツ公爵家だった」
「……あの変態の家もか」
サムはとある人物を思い出し、嘆息する。
「ああ、その変態の家もだ」
すると、デライトも大きくため息を吐いた。
サムの脳裏にも、おそらくデライトの脳裏にもギュンター・イグナーツの顔が浮かんでいるのだろう。
むしろ、変態、という単語で名前を言う必要のないギュンターが以前なにをしたのか気になる。
「どうやら、てめぇもあの変態の変態さを知っているようだな」
「ええ、まあ、十分すぎるほど」
「ギュンターの小僧は、昔から弟子でもないのにウチに出入りしていてな。魔法を学びたいならまだしも、ウルの風呂や着替えを覗いたり、使ったタオルを拝借しようとしてウルにぶっ飛ばされたりと忙しい野郎だった。まさか宮廷魔法使いになるとはな。しかも、あれで公爵家の次期当主だ。やべえだろ?」
「やばいですね」
ギュンターは昔からギュンターだった。
過去を思い出すデライトは口では悪く言っているが、懐かしそうに目を細めている。
「まあ、そんなことはどうでもいい。とにかく、今回の決闘騒ぎ次第でてめぇの運命が決まるってことだ。だが、まあ、万が一つーか、なんだ」
「はい?」
どこか歯切れが悪く、サムから視線を外したデライトが咳払いをしつつ、口にした。
「お前が、もし本当にアルバートの野郎と戦うのなら、その、なんだ、あれだ、少しくらいなら俺が面倒を見てやる」
「デライト様! よろしいのですか!」
「……お父様」
サムはもちろんのこと、フランも目を丸くして驚いた。
出会ったばかりのデライトを思い浮かべれば、こんなことを言ってくれると思わなかった。
「けっ、飲んだくれに期待するんじゃねえぞ。ただ、ウルの弟子が、あんな野郎に殺されちまうのを見たくねえだけだ。勘違いすんなよ、てめぇが心配じゃないんだからな! おらっ、もう帰れ! フラン、こいつを見送ってやれ!」
「は、はい」
なんだかんだいいながらデライトも自分のことを心配してくれているのだとわかった。
照れてしまったのか、そっぽを向くデライトにサムは深々と頭を下げる。
(デライト様はツンデレだな)
内心苦笑しつつ、ウルの師匠に面倒を見てもらえる喜びを噛み締めて、サムはもう一度頭を下げてから、部屋を後にしたのだった。
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