53「自称婚約者の変人が来ました」①
「――うう、パパとママったら、あんなに怒らなくてもあたしはちゃんと反省したって言ってるのに……サムがとりなしてくれなかったら、お小遣いカットだけじゃなくて、しばらく謹慎だったわ」
エリカがサムを『はじまりのダンジョン』に連れ出してから三日が経っていた。
客人を勝手に連れ出したどころか、勝敗によっては奴隷になるような決闘騒ぎを起こしたエリカは、両親から大目玉を食らった。
しかし、なんだかんだと娘に甘い父ジョナサンは、半年の小遣いカットと、げんこつを落とすことで怒りを鎮めてくれた。
当のエリカ本人がちゃんと反省し、サムへの態度を改めていたのがよかったのだろう。
それ以上に、一番振り回されたサムがエリカをフォローしてくれたのも大きい。
でなければ、今頃、自室で謹慎させられていたに違いない。
娘たちに厳しい母も相当お怒りだったようで、迷惑をかけた冒険者ギルドに謝罪に行かされもした。
そんな両親に今日も小言を言われたのは、ランズグリー子爵から連絡があったからだ。
というか、抗議だった。
エリカも両親から聞かされたのだが、どうやらダンジョンに向かい、一向に帰ってこない息子と従者を探してみたら奴隷落ちしていたことに絶句したと言う。
情報を集め、ウォーカー伯爵家のエリカが関わっていることが判明すると、怒りを露わにしたそうだ。
要は「お前たちの娘のせいで息子たちが奴隷になった、どうしてくれるんだ!」という内容が届いたらしいのだが、ジョナサンは取り合わなかった。
喧嘩を売ってきたのは相手の方であり、奴隷の提案をしたのだって、エリカを手籠めにしようと企んだからだ。
それらの証言はすべてギルドの職員から正式なものとして聴取している。
しかも、ドルガナはサムに痛めつけられて降伏したものの、それ以前の問題として反則負けだったとある。
ランズグリー子爵からすれば、息子が知らぬ間に奴隷になっていたことは看過できないだろうが、すべて自業自得である。
またランズグリー子爵がウォーカー伯爵の敵対派閥に所属していることも運が悪かった。
これがもし、同じ派閥の家であれば、ウォーカー伯爵も裏でいろいろ手を回しただろう。
しかし、相手は敵対派閥の人間であり、なによりも娘を貶めようとした人間の親だ。
サムがいなければ最悪の可能性があっただけに、ジョナサンはランズグリー子爵の訴えを全て無視したのだ。
それ以前の問題として、ちゃんとした手続きを踏んで奴隷になったドルガナたちを解放する手段は少ない。
所有者となっている商人から買うのが一番だろう。
ウォーカー伯爵家としては関わる気がないので、勝手にやってくれ、というスタンスだった。
「サムはどこにいるのかしら?」
決闘の一件以来、エリカのサムへの態度は軟化している。
むしろ、よき友人として、いや、年下の弟を構う感じにまでなっている。
昨日も、姉とどんな旅をしたのかお茶の席で話を聞き、エリカもウルとの思い出をサムに語った。
「中庭でリーゼお姉様と稽古しているのかしら?」
姉の使っていた魔法を教えてもらう約束をしたエリカは、サムと訓練をしたいのだが、リーゼもサムと鍛えたいと取り合いが起きている。
とくにリーゼは、鈍っていた自分をもう一度鍛えるとともに、教えれば教えただけ強くなるサムと訓練するのが楽しくて仕方がないようだった。
エリカとしても、一時期は塞ぎ込んでいた姉が笑顔で剣を振る姿を見ることができるのは嬉しいが、それはそれ、これはこれである。
サムからウルの魔法を学べば、目標に近づくことができるのだ。
姉には悪いが、自分だってサムと時間をともにしたかった。
リーゼもエリカも、サムという年下の少年に夢中だ。
弟子として、弟として、かわいくてしかたがないようだった。
「そろそろお昼だから、午後からはあたしの番よね」
姉はごねるだろうが、独り占めは許さない。
そんなことを考えながら、中庭に向かうエリカ。
すると、
「やあ、久しぶりだね、エリカ」
不意に声をかけられ、振り返る。
そして、エリカは目を見開いた。
「――あ、あんた」
聞き覚えのある声だったので嫌な予感がしたが、声の主の顔を見てエリカは心底嫌そうな顔をした。
「ふふ、いろいろお転婆なことをしたと聞いている」
声の主は二十代半ばの青年だった。
ブロンドの髪を清潔に切りそろえ、白いスーツに身を包んだ美男子だった。
「――ギュンター……あんた、何しにきたのよ?」
「おや、兄に向かってその態度はよろしくないかな」
青年――ギュンターはエリカの態度に気にせず、微笑を浮かべるのだった。
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