50「決闘の後始末」②
「いやはや、お見事な魔法でした。あれほどの魔法を難なく、それも詠唱せずにお使いになられるとは、この私めは感動致しました!」
「あんた、誰?」
手を揉みながら近づいてくる中年男性に警戒しながら、短く問う。
彼は笑みを深め、サムに大きく手を広げた。
「ご警戒されずともよいですよ。私はしがない商人でございます。よろしければ、医者を連れていますので、エリカ様の診察をさせましょうか?」
「医者がいるのか?」
「ええ、もちろんです。商隊で移動しておりますゆえ、医者は数人います」
「目的はなんだ?」
商人の申し出はありがたいが、ただの善意というわけではなさそうだった。
本音を言ってしまえば、すぐに医者にエリカを見せたいが、その結果また揉めることになるのは好ましくない。
「ご心配なさらないでください。私めはただ、ウォーカー伯爵家に御恩を売りたいだけの商人でしかありません」
「え? ……ウォーカー伯爵家?」
商人の言葉に反応したのは、未だ地面に膝をついたままのリジーたちだった。
「おや? あなた方はエリカ様がウォーカー伯爵家のご令嬢と知らずに喧嘩を売っていたのですか? 先ほどから貴族うんぬんでおぼっちゃまを脅していたようですが、あなたたちのお家のほうが危険なことになるかもしれませんよ?」
「そ、そんな」
リジーは顔を真っ青にした。
まさか子爵家であることを武器に喧嘩を売っていた相手が、爵位が上の伯爵家の令嬢だったとは夢にも思わなかったようだ。
しかし、そんなことは後の祭りだ。
「そんなことはどうでもいいんだ。それよりも、医者がいるんだな?」
「いますとも。ぜひ私めのテントにおいでください」
「一応確認するが、なぜエリカ様を知っている?」
「王都の商人で、エリカ様を知らない人間などいませんよ。魔法をお使いになられ、元宮廷魔法使いのウルリーケ様の妹君です。むしろ、知らずに喧嘩を売った彼女たちのほうが信じられませんな」
「ただの善意ではないだろ? なにが目的だ。はっきりさせておいてくれ」
「さすがおぼっちゃま! お話が早い! いえいえ、金など要求しません。難しいことも言うつもりはございません。ぼっちゃまに得のあるお話です」
「もったいぶらずに早く言ってくれ」
「では、単刀直入に――その奴隷にした三人を私めに売っていただけませんか?」
「なんだって?」
商人の申し出にサムは戸惑った。
正直、奴隷などいらない。
向こうが勝手に仕掛けて来て、敗北したので、結果的に奴隷を手に入れただけだ。
誇り高いエリカのことを考えれば、奴隷などいらないと放り出す可能性だってある。
「どうやらぼっちゃまには奴隷は必要ないでしょうし、お邪魔でしょう? ウォーカー伯爵家なら心配ないでしょうが、奴隷としてこの方たちを所持していたら面倒なことになる。ならば、私めに売っていただけませんか?」
つまり面倒ごとを引き受けてくれると言うことだ。
ならば迷うことはない。
エリカが起きていれば、彼らを許し解放したかもしれないが、サムは許せない。
大切なウルの家族に手を出し、あろうことか奴隷にしようと企んだ人間たちを解放などするわけがないのだ。
「――わかった」
「おやめください! お願いです! ウォーカー伯爵家の方だと知っていたら、このような無礼なことは! 心から謝罪します! ですから!」
「ご決断に感謝しますぞ。貴族の奴隷などそうそう手に入りませんから、需要はあるのです。男でも女でも、好事家にとっては喉から手が出るほどほしがるものなのですよ」
「――ひっ」
「なんだったらくれてやるから好きにしてくれ。それよりも、俺はエリカ様を早く医者に見せたいんだ」
「そうでしたね。失礼しました。ではお値段のほうは後でご相談しましょう。では、エリカ様を私めのテントへ。そこに医者がいますゆえ」
許しを懇願するリジーを無視し、サムと商人は話を進めてその場を後にしようとする。
満面の笑みを浮かべた商人が目配せすると、離れていた部下と思われる人間たちが近づき、倒れているドルガナとリジーたちを連れて行こうとする。
「触らないで! 助けてください! お願いします!」
リジーが必死に叫び、ロイドも抵抗するが、誰も救いの手を差し伸べる者はいなかった。
観衆たちも彼女らが権力をかざし、決闘を決め、反則した挙句、圧倒的な実力差の前に敗北したのだ。
自業自得であり、助ける理由がなかった。
サムは、涙ながらに訴えるリジーの叫びを無視して、エリカを抱き抱えたまま商人のテントに向かうのだった。
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