32「新しい師匠ができました」②
サムはボロボロになって、ウォーカー伯爵家の庭の地面にうつ伏せで倒れていた。
(ば、化け物だ)
身体中が痛い。
指を動かすだけで、身体中に鈍痛が走る。
「あら? もうおしまいなの?」
サムを木刀一本で容赦無く叩き潰したのは、ウォーカー伯爵家の次女リーゼロッテだった。
彼女は、サムが敬愛するウルに魔法なしなら自分のほうが強いと豪語するだけの実力を有していた。
(ウルとだって、それなりに戦えていたのに……嘘だろ)
ウルが規格外の魔法使いであるのなら、リーゼは剣術の規格外だった。
最初はお互いに徒手空拳で戦い、手も足も出ず。
続いて、サムは身体強化魔法を使うことを許可され、リーゼは木刀を構え、やはり手も足も出なかった。
ウルと過ごした四年間で、魔法だけではなく、戦闘面全般で強くなったという自負があったサムは、自信を容赦無く叩き折られてしまった。
汗と泥に塗れて荒い呼吸を繰り返すサムに対し、リーゼは汗ひとつかいていない。
ふたりの実力差はあまりにも大きかった。
(……動くだけで痛い……あばらや腕にヒビくらい入っているかもしれない)
サムは手加減などしなかった。
ウルという強い女性を師匠に持っていたのだから、今さら女性と戦えないなんて中途半端なフェミニストを気取るつもりはない。
リーゼを相手にしても、最初から倒すつもりで戦った。
しかし、結果はこれだ。
「ねえ、サム。回復魔法は使える?」
「……少しなら」
「じゃあ、使ってもいいわよ。続きをしましょう」
(しかもウルと同じくらい厳しい)
痛む身体に回復魔法をかけると、立ち上がり、拳を構える。
「よろしい。じゃあ、いくわよ」
返事をするよりも早く、リーゼの姿が消えた。
「――っ」
目を離したわけではない。
単純に目で追うことのできない速度で動かれてしまったのだ。
しかし、サムも多くの経験を積んできた身だ。
すぐにリーゼの姿を見つける。
が、時すでに遅し。
彼女は、木刀を振り放っていた。
刹那、体が宙を舞った。
「ギリギリで私の姿を追えるけど、体が反応しきれていないみたいね」
そんなリーゼの声を聞きながら、サムに激痛が襲う。
一拍、間が開いたあと、地面に背中を打ち付けて肺から空気が漏れる。
「――かはっ」
サムにはリーゼの剣筋がまるで見えなかった。
彼女は早く、鋭い。
「いい目を持っているみたいだけど、まだまだ甘いわね。ちゃんと私の剣を追えるようになるには時間が必要ね」
「……はい」
「しばらく続ければ、私の剣をかわすか受けるくらいはできるようになると思うわ。それができるようになったら、手加減をやめるからもっと本格的にやりましょう」
(――これで手加減とか、規格外すぎる)
「……リーゼ様は、お強いですね」
「ありがとう。これでも、一応、剣聖様の弟子だったもの」
「剣聖、ですか?」
痛む体を抑えて、立ち上がりながらサムはリーゼに問うた。
「あら、知らないの? この国で一番の剣士に贈られる称号のことよ。そうね、魔法使いなら宮廷魔法使いのようなものね」
「そんな称号があるんですね」
「宮廷魔法使いと違うのは、剣聖になると自分の道場を開くことができるのよね。私も、そこに通っていたわ」
「へぇ」
「あとは、王家の指南役や護衛として忙しいと聞くわ」
「最強の剣士の弟子ですか……どおりで強すぎるわけです。確かに、魔法抜きならウルよりも強いでしょうね」
「信じてくれたかしら」
「はい。嫌というほど」
苦い顔をするサムに、満足したようにリーゼが微笑む。
「お姉様とは何度か手合わせをしたことがあるけど、魔法ありでもいい勝負をするわよ」
「それは恐ろしい」
「あら、失礼ね。魔法を撃つよりも早く倒せばいいんだから、簡単なことじゃない。早さに自信があれば誰だってできるわ」
リーゼほどの早さを持つ剣士が何人いるだろうか。
(この人、絶対魔法使い殺しだ)
魔法使い殺しとは、魔法使いの天敵を指す言葉だ。
例えば、リーゼのように魔法を使わせてくれない剣士などだ。
「お姉様も簡単に勝たせてくれなかったわよ。戦う度に対策を練ってくるから、私だって負けることは多かったしね」
リーゼ曰く、ウルとの勝負は負け越しているらしい。
「でも魔法使いって羨ましいわね」
「そうですか?」
「そうよ! 身体強化魔法ってずるいわ! 私がそれなりに動けるようになるのにどれくらい時間がかかったと思っているの? でも、サムなら強化魔法で同じくらいに動けるじゃない。ちょっと悔しくなるわね」
「それでもリーゼ様に手も足も出ませんでしたけどね」
「ふふっ、まだサムには負けてあげられないもの。一応、剣聖様の弟子ですからね」
楽しそうに微笑むリーゼ。
きっと彼女は剣が好きなのだろう。
生き生きとしている様子は、魔法を使うウルとそっくりだ。
「私には魔力がないけど、ご縁があって剣聖様のお弟子になることができて、充実した日々を送れたの。ありがたいことに、剣の才能があったみたいね」
「俺は剣がまるで駄目なので羨ましい限りです」
「そうみたいね。だからといって、我が子を虐げるなんてひどい親もいたものね」
「……そこまでご存知でしたか」
「気を悪くさせたらごめんなさい。お姉様からの手紙で、少しだけね」
すまなそうにするリーゼに、気にしていないとサムは首を振った。
実家とはすでに縁は切れているし、過去のことを気にしてなどいられない。
今はただ魔法使いとして前に進むことだけ考えていればいいのだから。
「気にしていませんよ。剣の才能がなかったおかげでウルと出会えたんですから。むしろ、それでよかったと思っています」
「ふふ。前向きなのね。そして、とてもお姉様のことが好きなのね」
「ええ、心から」
「お姉様が羨ましいわ。私も男性に心から愛されてみたいわ」
そんなことを言うリーゼは、不思議と寂しそうに見えた。
「リーゼ様?」
「うん? どうかした?」
「あ、いえ、なんでもありません」
しかし、すぐに彼女は笑顔に戻ってしまったので、見間違いかと思う。
「ふふふ、サムったら変なの」
子供のように笑うリーゼを見て、サムは安心する。
やはり一瞬見えた寂しそうな表情は自分の勘違いだったと思うのだった。
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