24「お別れと継承です」④
「――ふう。継承魔法は成功した。私の全てはサムに無事継承されたよ。ああ、よかった」
安堵した表情を浮かべたウルが、瞳を静かに閉じた。
「ウル?」
「すまない、なんだか眠くなってしまった」
「ああ、疲れたんだね」
ウルに残された時間がもうわずかだということがわかった。
サムの頬を涙が伝う。
もう泣き言は言わないと決めていた。
最愛の師匠を送り出すのに、心配させたくなかったからだ。
ウルは、目を閉じたまま、サムの手を握りしめる。
「立派な魔法使いになってくれ。でもね、魔法だけじゃなくて、サム自身のことも大切だ。私のことなど忘れて、恋をして、愛を育み、家庭を持って幸せになってほしい」
「ウル以上の人となんてきっと出会わないよ」
「いいや、出会えるさ。私が保証する。サムは、幸せになれる」
サムはウルの言葉を受け、彼女の手を力強く握った。
「わかった。俺は幸せになるよ。ウルの分まで、魔法も人生も楽しんで、精一杯生きるよ」
「――いい子だ。それでこそ、サムだ。私の愛しくて、かわいい、愛弟子だ」
ウルは病床とは思えないほど穏やかに微笑んだ。
そんな師にサムが問う。
「ねえ、ウル。俺って、いい弟子だったかな?」
「最高の弟子だったよ。なあ、サム、私はよき師だったか?」
「素晴らしい師匠だったよ。――あなたに会えてよかった。あなたと一緒にいることができてよかった。今までありがとうございましたっ」
今を逃せば二度と言う機会がないと想ったので、サムは嘘偽りのない感謝の言葉を伝えた。
ウルと出会えたことが、どれだけサムにとって幸運だったか。
ウルと過ごした四年間が、どれだけ充実した日々だったか。
サムがウルにどれだけ感謝しているのか、残された時間で伝えきることはおそらくできないだろう。
だから、涙まじりの声で、心からの感謝を伝えた。
「ふふ、こちらこそ、ありがとう。サムと出会えたことに感謝しているよ」
ウルの声から力が抜けていく。
まるで眠りにつくように、ゆっくりと。
「こんな穏やかに逝けるとは想っていなかった。サム、手をもっと強く握ってくれないか?」
「こう?」
「そうだ。ああ、サムの熱をちゃんと感じることができる。あんなに小さかった手も、今では私よりも大きいんだな」
サムの成長を確かめるように、ウルは愛し気に手を握り、もう片方の手で撫でる。
「この温もりは決して忘れない」
「俺もウルの体温を忘れないよ。ウルのことはすべて覚えているから」
「嬉しいが、私のことは忘れるんだ。いいね」
「無理だよ。そんなことできない」
「まったく……しようのない子だ」
小さくため息をつくウルだったが、どこか嬉しそうにも聞こえた。
弟子のことを思えば、自分など忘れて成長して欲しいと願っているのかもしれないが、サムにとってウルは特別な存在だ。
忘れられるはずがない。
それが伝わったのか、彼女は困りながらも嬉しそうだった。
「サム……最後にお願いがある」
「なんでも言って」
「私に、キスをしてくれないか?」
返事の代わりに、サムは愛する人に口づけをした。
彼女の唇の感触を覚えていようと、心に刻む。
そして、名残惜しく唇を話した。
「ふふふ、実を言うとファーストキスなんだ」
「俺もだよ。ウルが初めてでよかった」
「私もサムが初めてでよかったよ」
ふたりで小さく笑った。
愛する者同士が心から求め合うような激しいキスではなかったが、お互いの気持ちは十分に伝わった優しいキスだった。
「ありがとう、サム。どうか、幸せになってくれ」
「うん」
彼女の手から力が抜けていく。
「ウル?」
「……幸せに、なって、くれ」
それがウルの最期の言葉となった。
ウルは最期までサムのことを想い、逝った。
「ウル! ウル!」
まるで眠るように息を引き取った最愛の女性に、もう届かないとわかっていてもサムは声をかける。
無論、返事があるはずがない。
しばらく声をかけ続けたサムは、もしかしたらまた返事をしてくれるのではないかと淡い期待をしていたが、彼女が目覚めることはなかった。
「ウル」
最愛の師匠の死を受け入れなければならない。
それがあまりにも辛く、胸が痛い。
涙が止まらず、ぼろぼろと溢れる。
頬を伝い、ウルの手に落ち、濡らしていく。
きっとウルは情けなく泣く自分を望んでいないだろう。
それでも、今はただ泣かせてほしい。
「――おやすみ、ウル。どうか安らかに」
彼女の亡骸に縋りながら、サムは涙を流し続けた。
こうして心から愛したウルとの別れが訪れたのだった。
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