3「魔法に挑戦します」
翌日の朝食の席で、ダフネが魔法の本を手渡してくれた。
ちなみに、サムは食事をダフネとデリックと一緒に取っている。
剣の才能がない無能な子は、父たちと食卓を囲む資格がないらしい。
(ま、俺はそのほうがせいせいするけど……ダフネとデリックがかわいそうだと瞳を潤ませて俺を見てくるのが辛い)
執事のデリックは、魔法の本を渡され喜ぶサムを見て、ダフネと同じように幼い少年の待遇を嘆き、泣いた。
それにつられてまたダフネも泣いてしまい、二人を泣き止ませようとサムが奮闘すると、「健気な子」に映るらしく、さらに涙を流すというおかしな循環が出来上がってしまった。
――魔法の才能がなくても自棄にならないでくださいね。
万が一を考えたのか、ダフネとデリックは、サムにそんなことを言った。
おそらく魔法に希望を抱く少年に、魔法の才能がなかったら、どんなにショックを受けるのだろうかと案じてくれたのだろう。
サムとしては、魔法が使えなかったら、また別の手段を考えるだけなので、「そんな大袈裟な」と苦笑する程度だ。
人間には向き不向きがある。
剣の才能がないサムに、もし魔法の才能がなかったとしても、探していればなにか自分に合うものが見つかるはずだ。
(せっかく異世界に転生したんだから、前を見て進もう)
楽観的になっているわけではないが、サムは前向きに物事を考えるようにしている。
サムは自室に戻ると、魔法の本を開き読んでいく。
幸いなことに、記憶のおかげで文字は読めるので苦はない。
むしろ、知らない知識を得ていくことへの喜びが大きかった。
(――まず、俺に魔法使いとしての適性があるかどうかが重要になっていくな。いくら魔法使いになりたくても、肝心な魔力がなければ魔法は使えない)
魔法を使いたい、その一心で本を読み耽った。
そして、数時間があっという間に経過した。
「……ふう。結局、魔法を使うのは体内に魔力が存在していないと駄目なんだね」
魔法の書物の内容は興味深いものだった。
この世界において魔法使いは希少であり、魔法をある程度自在に操れる人間は早々いないようだ。
冒険者や、国に仕える魔法使いになると、上から下までの優劣はあるものの、魔力を持つ人間の中でも一握りという稀有な存在であることがわかった。
「ちょっと不安になってきたぞ……魔力を持つ人がそもそも少ない世界で、都合よく俺に魔力があるかなぁ?」
もし魔力があったとしたら、早くに父が気付きその才能を伸ばしていたのではないか、と疑問も浮かぶ。
が、すぐに首を横に降った。
サムの父カリウスはそういう人間ではない。
彼の中で、息子とは剣が使えるかそうでないかでしかないのだ。
仮にサムに魔力があり、魔法使いとして一角の才能を持っていたとしても、彼は興味を示さないだろう。
すでにサムは、父になにも期待していない。
今のサムになる前の、サム少年も同じだった。
サミュエルにとって大切な家族は、ダフネとデリックだけだった。
「考えててもしょうがないか。この本の通りになら、簡単な魔法を唱えれば、魔力があるかないかわかるんだったね」
単純な方法だが、魔力があれば初歩的な魔法なら発動するため、それを持って魔力の有無を判断するらしい。
魔法協会という組織なら、魔力測定ができる魔道具があるらしいのだが、そんな気の利いたものはど田舎の小さな貴族の家にあるわけがない。
「えっと、なになに……一度や二度で結果が出なくても、根気強く続けましょう? 根気強くって、何回チャレンジすればいいんだろう?」
初歩的な魔法でも簡単に成功するわけではないらしい。
だからといって魔力がないと決まるわけではなく、何度か試す必要があると書物には書かれている。
しかし、何度挑戦すればいいのかは、その人次第であるらしく、何回試せば結論がでるかは曖昧のようだった。
「悩んでいてもしかたがないし、試してみようかな」
緊張してきた。
魔力の有無で、異世界生活のこれからが決まると言っても過言ではない。
魔法使いになることができるのか、それとも才能がなく別のなにかを探すのか、次の結果次第だ。
(やばい、緊張してお腹が痛くなってきた)
書物を持つ手が震えてくる。
「ビビるなっ、やるぞ!」
不安をかき消すように、自らを叱咤すると、サムは人差し指を立てた。
大きく深呼吸を繰り返し、魔法よ出ろと願う。
そして、唱えた。
「――火よ灯れ」
少年の口から紡がれたのは、初歩中の初歩である火属性魔法だった。
成功してもせいぜい指先に小さな火が灯るくらいでしかない。
が、
――轟っ!
音を立てて、サムの指から火柱が立ち上ったのだった。
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