BEYOND A WORLD
四葉八朔
1章
第1話 接敵
「チッ、てめーらしつこいんだよ! いい加減諦めろってーの。ウーラ、全力で振り切れ」
『警告。進行方向に新たな巡視艦2隻の反応あり。現在の軌道では約263秒後に相手巡視艦、Mウェブの照射範囲に入るものと予測されます』
「クソッ、前からもかよ。なんでこんな宙域に巡視艦が4隻も出張ってんだ。ウーラ、進行方向右に90度転回。それとゲートに起動信号を送れ。一旦迂回して、
3Dホログラムに映る新しい光点を確認した俺は、すぐさま人工知能であるウーラに指示を出す。
こんな
Mウェブというのは特殊な電磁波を照射し、強制的に対象である宇宙船の全機能をシャットダウンする兵器だ。磁気シールドを貫通してしまうこの兵器は、宇宙船の生命維持システムにまで干渉してしまうので一般での使用は禁止されている。
といっても、機能が停止したあとすぐに制圧隊が乗り込んでくる手筈になっているので、命の危険があるってわけでもないのだが。まあ、もっぱら重犯罪者に対して使われている手段だった。
現在、そんな目に合おうとしてることからも一目瞭然だろう。
密輸、強盗、傷害、殺人。
レッドと呼ばれる犯罪者が今の俺の立場だ。宇宙船のレーダー探知機に映る光点が赤いことから名付けられ、地球外における犯罪者に対してのみ使われる俗称である。
レッドといえば全体的に何でもアリで恐れられている犯罪者。かくいう俺も殺しの経験がある。といっても、それはあくまで宇宙船同士の戦闘における話だが。
そのことについて言い訳するつもりは毛頭ない。
あちらは俺のことを殺す気でいたし、それに対して反撃しただけのこと。そいつと因縁があったわけでもない。
相手はおそらく雇われただけの人間だろう。殺さなければ殺される――災難にもそういった状況に陥ってしまったまで。レッドならどこにでも転がってるような話だった。
とはいえ、俺は元から凶悪なレッドだったわけではなく、以前は素行がいいとは言わないまでも、ごく普通の
今から
そのときの俺は輸送中継地である火星において、自船“ウーラアテネ”の整備を終えたあとで、高額な報酬に頬を緩めながら呑気に地球へと帰還するところだった。
当然、指名手配されてるなどとは夢にも思わず、巡視艦や防衛艦が出張っている地球圏まであとちょっとのところまで来ていた。そのままなら間違いなく捕まっていたことだろう。
だが、地球にたどり着く直前、昔多少世話したことがある同業者からリークが入り、九死に一生を得たというのが大筋の流れ。
ようは請け負った資源採掘および輸送の仕事が違法だったようで、地球に入る前に密輸が発覚。火星で他の輸送船へと貨物を渡した後の出来事なので、直接俺が捕まったわけではないが。
比較的監査の緩い火星からの貨物に紛らわせ、密輸するつもりだったのだろう。
となれば、当然監査官も金で抱きこんでいたはず。
ところが何らかのアクシデントが起こり、すんなり通過するはずの貨物が摘発。結果的に俺が主犯としてスケープゴートにされたというわけだ。
おそらく最初から万が一の場合はそういうことになる段取りだったに違いない。いや、穿った見方をすれば同業者からのリークでさえ、もしかしたらその段取りの一部だったのかも知れない。
俺が捕まれば、当然無実を主張する。
といっても、俺が所持している採掘許可証は間違いなく偽造証書だろうし、あらゆる記録が
だが、たとえ俺の無実が証明されないまでも、必ず俺以外への疑惑に目を向ける人物は出てくるはずだ。
組織との繋がりなどいくら調べても皆無な俺が、ひとりでそんな大それた真似ができるのかという話になってくる。そんな事態になるよりかは、俺が逃亡を計り事件が多少
資源惑星自体そうそう見つかるものではない。
とはいえ、ワープ航法が主流になった
それに伴うような形で資源の需要も増していった。
何もない宇宙空間に新しく中継基地を作ったり、新しく発見された惑星の施設建設だったりと、地球の資源だけではとうてい賄いきれなくなるのは当然の成り行きだろう。
そもそもワープ航法が可能になったのも、安西真奈教授によりその存在を証明された“マナ粒子”の発見があったからだ。
光速を超える物質は存在しない、というこれまでの常識を大きく覆したのがこの素粒子だった。
基本的には水素を使った核融合炉がいまだに主流だが、マナ粒子の運動エネルギーを利用した技術こそがワープ航法であり、一般でのエネルギーリソースとしても重要な役割を担っている。
当然のことながら発見された資源惑星は厳重な管理下に置かれ、各国での資源の割り当ても公平な話し合いの元決められていた。
見つけたもの勝ちで領有を主張させないのは、資源をめぐる紛争を起こさせないためだろう。そのため密輸なんて重犯罪もいいところ。
最低でも20年、下手すれば一生牢屋にぶちこまれてもおかしくない。
一度火星に立ち寄らせ、貨物を中継させるといった依頼内容も、あとになって考えてみれば怪しさ満開だ。
わざわざそんなことをせずとも、俺に地球まで運ばせれば済む話なのだから。高額な報酬に浮かれ、
更にいえば、俺にその依頼をしてきた会社――U・D・Cはとある政治家との癒着が取り沙汰されている企業だ。
無実を証明しようとしていたら、その場で口封じに消されていたかも知れない。法と正義なんてものを信じてのこのこ捕まりにいったら今頃どうなっていたか。
まあ、そんなこんなで色々悩んだあげく、俺は逃亡する道を選んだ。
正直、八方ふさがりになり、破れかぶれだったと言ったほうが正しいだろう。両親が早逝しており、身軽な独り身だったということも多少関係してくるが。
もっとよい解決法だってあったのかも知れない。だが、そのときの俺はその方法をまるで思い浮かばなかった。
ただ、その時点で俺にもひとつわかっていたのは、一度逃げ出せば二度と地球圏に戻れず、その後一生、地球の土を踏むことが叶わないということ。
そんな決断を下さなければならないほど、当時の俺は追い詰められていたわけだ。
さて。
そこで問題になってくるのが人類の生存圏を離れ、宇宙空間にてひとり生き抜くことは可能かということだ。
重力制御により、船内は宇宙船下部方向へ常にほぼ1Gが保たれている。
水や空気は循環させることで供給するシステムがとうの昔に確立されているし、星系間航行において必要となるワープのためのエネルギーも、マナ粒子さえ確保できれば問題ない。
あとは食料問題だが、現在冷凍保存してある種子でおおむね自給自足が可能。
元々、資源惑星探査が目的である宇宙船なんてものは年単位での航行が当たり前。
農業プラントが欠かせない設備であったためだ。
早い話、精神的に孤独に耐えられるかどうかをさておけば、宇宙の片隅でひっそりと生きていくことは可能だ。あくまで生存可能かどうかという最低限レベルの話でしかないが。
だが――、
そんな考えは早々に捨てる羽目になった。
取るものも取り敢えず逃亡を図った俺を待っていたのは、追手をかけられるという展開。しかも、相手はあきらかに俺を殺す目的でだった……。
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