第75話『自習時間、教頭先生の話から・2』


やくもあやかし物語・75


『自習時間、教頭先生の話から・2』    






 時間の最後の方は理科的な話に戻った。


 伊豆半島はや琵琶湖は、やがては本州を突き抜けて日本海に出てしまうとか、北米大陸プレートと太平洋プレートの境目を糸魚川静岡構造線とかフォッサマグナとか言って、発見したのがナウマン象の化石も発見したナウマン博士とかのお話をして、生徒の理科に対する興味を煽っていらっしゃった。


 授業時間が終わって起立礼をしたあとも、興味のある男子たちが教壇に寄ってきて話が続いている。


 さすがは教頭にまでなる先生だと感心する。


 感心しながらも、わたしは起立礼を済ませると、急ぎ足で教室を出た。


 べつにおトイレを我慢していたわけじゃないよ(^_^;)。


 職員室に通じる階段の下で教頭先生を待ち受けるため。


 休み時間が半分ほどになって、教頭先生は一階まで下りてこられた。


「すみません、教頭先生……」


「きみは……」


「はい。小泉って言います。さっきの自習時間、先生のお話を聞いていて質問があるんです」


「んと……もうすぐ次の授業だねえ。じゃ、昼休みに職員室にいらっしゃい。十分くらいなら相手をしてあげられる」


「は、はい。じゃ、昼休みに伺います!」


 そう約束すると、階段を駆け上がって教室に戻る。男子たちは、まだ半分ほどが話に夢中になっている。教頭先生の影響力は大したもんだ。




「よろしくお願いします」


 さっさとお昼を済ませて職員室を目指す。


 二階から一階に下りる踊り場、いっしゅんガラスの向こうに染井さんと愛ちゃんが見える。


 二人とも、こっちを見てピースしている。


 いつもだったら「なあに?」とか話しかけるんだけど、教頭先生と約束があるので、二人の方にピースサインを返して階段を駆け下りる。




「じつは、見えるんです、わたし……」


 教頭席の横に丸椅子を置いてもらって、腰掛けるなり切り出した。


 その話し方で、教頭先生は頭を巡らせたのが分かった。この子とは、どの程度の話をするべきか……と。


「えと……なにが見えるのかな?」


「あやかしです」


「うん……それは、どういう?」


「先生がお話になっていた二丁目断層……そのあたりに出る……あやかしたちです」


 わたしは身を乗り出して、二丁目断層の近くに現れるあやかしたちの話をした。


 一丁目地蔵 ペコリお化け メイドお化け えりかちゃん 四毛猫 愛さん 染井さん……


「そうか、小泉さんは感受性が豊かなんだねえ(^_^;)」


「本当に見えるんです」


「…………」


 先生は推し量る眼差しになった。


 これは予測していた。


 生徒が自分の話に影響されてオカルトめいたことを言ってきた。そういう話に真正面から対応しては問題があると思っていらっしゃる。


 だからこそ、自習時間もあやかしめいた話は、ほんの五分ほどに留めて、後半は学問的な話に戻したんだ。


 実証不可能なオカルト話を前面に出すことはセクハラと同じくらいに問題になりかねない。そういう意識が働いて、受け流そうとされているんだ。


 これも、予想の内。


『先生、わたし、声に出していません』


「え?」


 先生は虚を突かれた顔になった。


 あやかしたちと話す時は心でするんだ。声に出すことは無い。声に出すと普通の人間には怪しく思われる。


 だから、いつの間にかついた習慣。


 その心の会話のやり方で教頭先生には話している。ただし、口パクはやっているから、教頭先生にはわたしが普通に話しているように感じられるんだ。


 ちょっとハメてしまったみたいだけど、短時間で理解してもらうには、これが手っ取り早い。


『そうか、小泉さんは分かる人なんだ』


『はい、先生、外の景色見てる感じで話しませんか?』


『そうだね、先生たちが不思議に思うね』


『わたし、嬉しいんです。わたしと同じ人間が学校に居るって分かって』


『小泉さんは、どういうふうに見えてるの? たとえば、その植え込みの向こうにソメイヨシノの精がいるんだけどね、わたしには白い人影に見えている』


『あ、染井さんですね』


『染井さん……』


 さすがは教頭先生、わたしの『染井さん』のニュアンスが同性の友だちを呼ぶような言い方なのに気が付いている。


『はい、わたしと同じ制服姿です。いっこ学年上の先輩って感じです』


『わたしより鋭いみたいだね』


『あ、いま愛さんが来ました、染井さんの後ろ』


『愛さん? ああ、銅像の霊だね……昔の校長先生の霊だと思うんだけど』


『女生徒です、昔の制服ですけど』


『校長先生が?』


『奥さんが「あの人は目立つことは苦手でしたから」とおっしゃって女生徒の像になったんです』


『うん、そうだね。学校の五十年雑誌にも、そう書いてあったね……でも、中身は……』


『いろんな思いが凝って精霊化したみたいですよ』


『そうなのか……』


 わたしは、ちょっと得意になってきた。


 だって、あきらかに、わたしの方がハッキリ見えている。


『二人とも、喜んでくれています。先生とわたしが通じ合えて』


『そうみたいだね』


『エヘヘ』


『じゃ、小泉さん……』


『はい?』


『屋上の黒い影は見えている?』


『え……屋上の黒い影?』


『これは見えていないのか……』


 教頭先生の目が険しくなって、外の染井さんと愛さんがソワソワし始めた。




☆ 主な登場人物

•やくも       一丁目に越してきて三丁目の学校に通う中学二年生

•お母さん      やくもとは血の繋がりは無い 陽子

•お爺ちゃん     やくもともお母さんとも血の繋がりは無い 昭介

•お婆ちゃん     やくもともお母さんとも血の繋がりは無い

•教頭先生

•小出先生      図書部の先生

•杉野君        図書委員仲間 やくものことが好き

•小桜さん       図書委員仲間

•あやかしたち    交換手さん メイドお化け ペコリお化け えりかちゃん 四毛猫 愛さん(愛の銅像) 染井さん(校門脇の桜) お守り石 光ファイバーのお化け 土の道のお化け 満開梅 春一番お化け

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