第39話 綻び
俺たちの前に人影はない。
ここにいるのは、俺たちだけだ。
この状況に翔と桜見はマズいと言う。
どうしてだ?何がマズい?
戦闘を避けられたのなら、嬉しい誤算じゃないのか?
「何がマズいんだ?」
「マズいのは、ここに敵がいない事じゃない。僕らはこの組織にいる時間が一番長いから分かるけど、清弘さんの予知が外れたことは今まで一度もなかったんだ。その確実性が崩された事がマズい。これから、僕らも裏をかかれる事を警戒しなくちゃ……いや」
「……翔?」
「急ごう、目的地は理仁のポイント」
「なんでだ?理仁なら殲滅は問題ないって……」
そういう話だったハズだ。
確かに援護に向かうのは良いと思うけど、何も顔を青くする程急を要する事でも……
「っっっっっ!!!」
「枯葉も、気づいた?」
「ええ……でも二人のとこは大丈夫?」
「あの二人の能力なら逃走においても有利に働くハズだし、本当にマズいのは理仁の方に来ていた場合だ」
「なら、急ぎましょう!一秒でも、早く!」
「ちょ、どういう……」
「急ぐよ剛!じゃなきゃ……理仁が死んじゃうかもしれない!」
「……は?」
理仁が、死ぬ?
どうして?あんなに強いのに?
走り出す翔達に遅れないよう駆け出しながら思う。
「何年も予知が外れた事がないから多分、ある程度清弘さんが見る未来は絶対なんだ!」
「それを覆すには、敵の誰かが清弘さんの見た未来を認識するしかないってことなのよ!」
「っ……そういうことか」
ようやく理解ができた。
翔と桜見の経験則も含むが、ざっくりある程度内容を纏めるとこうだ。
おっちゃんが見る未来は絶対、基本的に覆らない。
けど、その未来を知っていれば変えられる。
変えることが可能である事は、戦いの未来を見てそれに合わせて戦略を練り、戦うことで確実に勝利してきたこれまでが証明していると。
そして今回俺たちが敵がいると聞いてやってきた場所には誰一人いなかった。
その理由を、敵がその未来を知ってしまったのだと仮定したら?
だから、こちらの予知に対応できたのだ。
これで辻褄が合う。
そしてそれが本当だったとして、なら誰が狙われるのか。
こちらは人数は少ないが一人一人の戦力が圧倒的だ。
だからこそ、向こうは確実にこちらの戦力を削ぎたいはず。
であれば必然的に最もこちら側のメンバーを一人でも殺害できる可能性が高いポイントに戦力を集中させる。
そしてその位置が……今回、唯一孤立している理仁のポイントだ。
「……分かったんだね、じゃあ急ぐよ!」
全力疾走。
地を踏み締めて、ひたすら走る。
だが、敵は俺たちの位置も把握している。
つまり何が言いたいのかと言うと……
ブオンッ!!
「……あら、外しちゃったかしら?」
こっちがそれに気づいて理仁を助けに向かうことくらい、とっくに折り込み済みだろうということだ。
尋常じゃない速度で、何か小さな物体が俺たちの間を抜けていく。
そして物陰から一人の影が。
……ん?待てよ、あの顔。
見覚えが……
「一年ぶりかしらね?あの時は市街地だったけど、今日の戦場は随分と自然と血の臭いが凄いじゃない」
「まさか」
「最近はずっとこんな調子だよ。ところで、早く退いてくれない?今僕たち急いでるんだ……剛?」
そうだ、あの顔。
あの日の祭り、この世界の祭りじゃない。
全てが始まった、あの時。
あの時の……アイツだ。
「大風、顔青いわよ。今は気を引き締めて」
「へっ……ああ、悪い」
気づけば翔も桜見も俺の顔を横目で見ていた。
刺された時の痛みやら死ぬ事への恐怖やらが、ぼんやりと蘇る。
やっぱりあの時の事はちょっと、いやかなりトラウマだったみたいだ。
「アイツは投擲については右に出るヤツは存在しない、直撃したら風穴空くわよ。あとナイフの扱いもめちゃくちゃ上手いわ。相手の目的は時間稼ぎ、あたしたちは理仁と離脱するだけの余力を残してかつ早期にコイツを倒さなきゃいけない。……翔、大風、いけそう?」
「流石に三対一なんだ、負けはしないけど……時間は、確実に稼がれるね」
「でも、やらなきゃ理仁が」
「だね。なら少々無理矢理にでも早期突破しよう。僕の合図で動き出してね」
「了解」
俺は了解と一言伝える。
桜見と翔は目と目で通じ合っている辺り、互いに寄せる信頼が伺えた。
「じゃあ、Go!」
そうして地面を蹴った、次の瞬間。
俺の体は、勝手に動き始めた。
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