第67話 皇太子と悪女と崩壊する帝国

「どういうことよ! 学園に向かったウィリアム兄さんが死んで、帝国海軍の主力がみんな離反りはん!? なんでよ、なんで私たちよりもフランツとニーナの方がいいのよ!!」


 私たちには、日々、悲報ばかり届く。

 オーラリアの独立宣言。

 学園でのウィリアム兄さんの敗死。

 帝国海軍の裏切り。


 なんでみんな私に従わないの?


 私は、グレア帝国の皇太子様の婚約者なのよ。次期皇后陛下!

 それが私!!


 皇帝陛下が倒れて殿下が摂政に就任した今なら、私たちが事実上の皇帝皇后両陛下なのに……


 その地位にいた瞬間から、私たちは次々に裏切られ続けている。

 そんなことが許されると思う!?


 私たちはうやまわれなくちゃいけない身分なのよ!


「皇太子様、こうなったら本格的な軍事侵攻です。私たちを裏切ってあざ笑っているやつらに正義の鉄槌を与えなくちゃいけないんですよ。すでに、お父様も準備を整えています。さあ、出陣の命令を!」


 唯一、私の心をやしてくれたのは、魔獣との戦いで重傷を負って入院していた殿下が復帰なさったこと。それだけが、私の支え。


「そうだな。俺がこんな姿になったのも、フランツとニーナ、チャーチルのせいだ。あいつらは、俺を守らずに武功をあげて、ついには神聖なる帝国を裏切った。生かしておく訳にはいかない。グレア帝国に残る全戦力をもって、オーラリアには血の涙を流してもらわないとなぁ!」


 ああ、さすがは殿下だわ。魔獣にやられてから、さらに凜々りりしくなった。まさに、王者の風格だわ。かっこいい。お身体はまだ、十分に動かせないけど、総大将として、最前線に行く覚悟を固めているの。


 もう、完全にグレア帝国の皇帝陛下ね。精悍せいかんな顔をなさっている。


「そうだ、オーラリアは許せない!」

「殿下が自ら親征に出てくれるのだ! 神のご加護がある我らが負けるわけがない」

「我らは正義の軍です。国賊こくぞくたちを成敗せいばいして見せましょう」

「オーラリアを併合したあかつきには、報償は思いのままでしょうね。待ちきれません」

「なんなら、ヴォルフスブルクまで制圧してしまいましょう。魔獣で弱り切っている隣国など我らの力で鎧袖一触がいしゅういっしょくです」


 士気は上がっているわね。これなら、オーラリアの連中なんていちころよ。


「お待ちください。今の帝国は、限界です。その上で大規模な軍事作戦など自殺行為です。どうか、お考え直しください」


「ルーゴ将軍? あなたは、帝国随一の猛将だと思ったんですが、やはりご高齢で、もうろくーー失礼、慧眼けいがんもくもってしまったようですね」

 私は痛烈な皮肉を言ってやった。会議の出席者からは失笑まで聞こえてくる。


「お言葉ですが、メアリ殿? あなたは、グレア帝国の現状がわかっていないようだね?」

 あえて、私を"殿"と呼んで挑発している。私に、様をつけないなんていい度胸どきょうね。かつての英雄でなければ、ここで首が飛んでいるわよ。


「お聞かせ願いましょう? あなたの時代遅れの理論を?」


「それでは、僭越せんえつながら、前婚約者様よりも知性が劣るであろうあなたでもわかるようにご説明させていただきます」


 この古狸ふるだぬきめっ。戦争が終わったら粛清してやる。私のことを馬鹿にしたむくいをうけさせてやる。


「まず、我らの帝国の現状です。陸上戦力は、オーラリアと互角と言えるでしょう。しかし、海軍力では圧倒的な劣勢です。オーラリアは、沿岸であればどこでも帝国を攻撃することができますが、私たちはそれを防ぐ術すらもちません。フランツ公王がやる気になれば、いつでもこの帝都すら灰燼かいじんすことができるのです」


 あら、ずいぶんと臆病風おくびょうかぜにふかれているわね。それも逆賊のフランツを公王と呼ぶなんてけんかを売っているのね。


「はは、ルーゴ将軍は臆病だな。そんなもの、奴らの海軍が来る前に、オーラリアを併合してしまえばいいのですよ。それに、帝都は神のご加護があります。逆賊たちが攻めてきても、神が波や嵐を発生させてけちらしてくれるでしょう」

 さすがは、超タカ派のコンス新・軍務尚書は言うことが違うわ。


「……」

 ルーゴは何も言い返せないみたいね。いいざまだわ。


「それでは、次の懸念けねん事項です。食料が足りません。すでに、一部の地域では暴動まで起きています。このような状況下で、親征などしてしまえば、食糧不足は加速します。はっきり、言いましょう。自殺行為のなにものでもありません」


「ルーゴ将軍、さっきから何を言っているのよ。食料がないから、遠征するのじゃないですか」

 私は言い返す。

「はっ?」


「いい、オーラリアは穀倉地帯よ。なら、そこを攻め潰して備蓄してあるものを奪えばすべて解決よ」


「……栄光ある帝国軍に略奪をおこなえと?」


「違うわ、逆賊たちに目にものを見せてあげるだけ。いいわね」


「……」


「軍に食料を供給しなくてはいけない間、国内には餓死がし者がでるかもしれませんが……」


「うるさいわね。貧乏人は、パンがなければ草でも食べていればいいのよ。それがなくなれば、えて死ぬ。彼らの貢献が、私たちの勝利につながるの。その犠牲すらも帝国の将来のいしずえになるわ。素敵すてきなことよ」


「……」

 何も言い返せないわね。そうでしょう、そうでしょう。


「では、皇太子様?」


「ああ、出陣は明日の早朝だ。留守はルーゴ将軍に任せる。以上だ」


 さあ、私たちの復讐が始まるわ。

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